8話
レンシアの街。
レンシア魔術学院を中心に住民が徐々に増えていき、いつしかそう呼ばれるようになったという。
街というよりは都のほうがしっくりくるほどの大きさだ。
どこの国にも属しておらず、入学金さえ払えばどんな人でも入学することが可能だ。
大門をくぐり街に入ると石畳で舗装された道がずっと続いている。
「まずは宿を確保して、学院へは明日行きましょう。私の知っている宿でいいかしら?」
ルーナさんは元学院生なのだから勝手も多少は分かるだろうし、任せてしまおう。
「お願いします。」
「お~、すごいっ!でかいし道もきれいだし!ね、フィー!」
「う、うん…ゆめのくにみたい…。」
ニーナとフィーは目を輝かせながら街を眺めている。
馬車の運転をしたのが良かったのか、フィーはもうすっかりと馬車に慣れ、酔うこともなくなっている。
ルーナさんの案内で着いた宿は年代を感じさせるが綺麗で大きな建物だ。
「前の代の時からここを使ってるのよ、なかなか素敵でしょう?」
宿の馬車小屋に馬車を停め、宿の中に入る。
「本当に私も一緒で良いのでしょうか…?」
恐縮するヒノカにルーナさんが微笑みかける。
「勿論です。ここまで一緒に来たんですもの。」
「そうだよ、これからは同級生なんだしさ!なかよくしよう!」
「そうか…確かにそうだな…。」
ヒノカがフッと肩の力を抜いて、頭を下げる。
「皆、これからよろしく頼む。」
「よろしくね!」
「よ、よろしくおねがいします。」
「宜しくお願いします。」
それぞれ頭を下げて笑いあう。
「ほら、貴方達、早く宿を取りましょう?」
そう言って奥へ進むルーナさんに着いていく。
「ようこそ御出で下さりました、ルーネリア様。」
俺たちを迎えたのは初老の紳士、セバスチャン(勝手に命名)だ。
「この子達を含めて五人、お願いできるかしら?」
「大部屋も御座いますが、如何いたしましょう。」
「それじゃあ大部屋をお願い。」
「畏まりました、ご案内致します。」
通された部屋はベッドが6つ並んでいる大部屋。
決して豪華な部屋ではないが、上品な部屋になっている。
広さも十分だ。
「さて、夜までは自由行動にしましょうか。」
「やった!みんな、まちを見に行こう!」
「う、うん!」
「うん、分かった。」
「すまない、私は荷物を売りに行きたいのだが…。」
「それなら私と一緒に行きましょう、貴方達三人はきちんと夕食までに戻ってくるのですよ。」
「分かってるよ、おばあさま!フィー、アリス、早く行こう!またあとでね、ヒノカ!」
ニーナが俺とフィーの手を掴んで引きずっていく。
「あらあら、相変わらず嵐みたいな子ね…。」
部屋を出る時、そんなルーナさんの呟きが聞こえた。
「おいしいね、ここの料理!」
夜。宿の食堂で皆で夕食に舌鼓を打っている。
「そうでしょう?ここは昔から美味しい料理を出してくれるのよ。」
ルーナ三は得意げな顔だ。
「こちらの料理は口に合わないと思っていましたが、此処の料理は美味しいです。」
「お、おいしい…。」
うむ、美味い、箸が止まらん。
「それよりアリス…、貴方…箸が使えるのね?」
「あ"…。」
「そ、そういえば…すごく自然に使っているので気にも留めませんでした。私よりも上手いのでは…。」
確かに、ヒノカはまず持ち方から間違っている。よくあれで食べられるな…。
「私の村の長老ぐらいかもしれん…。」
(長老クラスかよ!他の大人どうなってんだ!?)
「すごいね、アリス!ボクも使ってみよっと!」
「はし…?」
ニーナとフィーが箸を取って使いだす…が上手く扱えるはずもなく。
テーブルにあまりにも自然に据え付けてあるので普通に使ってしまったが、普段はナイフとフォークにスプーンだった事を思い出す。
(やっちまったな…どう誤魔化すか。)
「え、えーと…昔読んだ本に書いてあって、こっそり練習したことがあるんです。そ、そしたら思いの外嵌ってしまって…。」
「よくババさまの所で本よんでたもんね、アリス。」
おお、ナイスフォロー!姉さま!
あとその持ち方違うけど可愛い!
「ふふ、全く変な事に興味を持つのねぇ、貴方は。」
「こ、今度私に教えてもらえないだろうか。」
「あ、ボクにも教えてよ!」
「わ、わたしも…。」
「分かったよ、今度ね。でも何でお箸が…。」
「この街には色んな国の人が来ますから、学院長も使っていましたしね。」
(まぁ、創設者が転生者だったんだろうしな。)
フィーとニーナは諦めたのか、スプーンに持ち替えて食事を再開している。
俺はそのまま箸で食事を続ける。
(やっぱり箸の方が使いやすくていいなぁ…。)
しみじみと思う。
でもそんなにジロジロと見られたら食べ難いんですが…ヒノカさん…。
これは早めにマスターして貰おうと、心から思った。
翌日、俺達は学院の門の前に立っている。
城と言われても納得する程の大きさの学院が聳え立っているのが確認できる。
「うわー、すごいなぁ…。」
「わぁ…。」
ニーナとフィーはその大きさに呆気にとられている。
「ボーっとしてないで行きますよ?」
「「は、はい!」」
ルーナさんは門兵のところへ行き、入学者だと伝える。
通用門から中へ通され、そのままルーナさんに着いていく。
学院の脇にある建物に入り、受付に声をかける。
「こんにちは、入学の受付をお願いします。」
「はい、ではこちらの用紙に必要事項を」
「ああ、私じゃなくて後ろの子達ね、私は此処の卒業者よ。」
「そうでしたか、失礼しました。」
そう言って受付の人は同じ用紙を四枚用意し、ヒノカに手渡す。
「こちらの用紙に必要事項を記入し、あちらの入学受付へ提出して金貨五枚を納めてください。」
「分かりました。」
ヒノカから用紙を受け取る。
(これコピー用紙か?すげえ再現度だな。)
記入用の机にはボールペンらしきものが備え付けてある。
(ボールペン…とは違うけど書きやすいな。)
ペンからは微かに魔力が感じられる、魔道具というやつか。
記入を終えて他の三人の様子を窺うと、慣れない紙とペンに悪戦苦闘していた。
フィーの分は読めない程ではないが、綺麗に書けないようだ。
「お姉ちゃん、私が書こうか?」
「…うん、おねがい。」
フィーの分をスラスラと書き上げると後ろにニーナが並んでいた。
「たのんだ!」
そう言ってニーナの分を渡される。
「これじゃ別人だよ…、ナーデリアさん。」
ニーナはもっと字の勉強をしたほうがいいと思う。
ニーナの分の書類を書き直し、ヒノカの様子を見る。
ペンを真っ直ぐに立て、ペン先を震わせながら書いていた。
(国では筆を使ってたんだろうな…。)
ヒノカにペンの持ち方を教えるとなんとか自分で書き上げる。
それぞれの書類を持って入学受付へと向かい、書類を提出し、金貨を納める。
「はい、確かにお預かり致しました。…と、冒険者の方がおられるようですね。ギルド証の提出もお願いできますか?」
「あ、私です。どうぞ。」
ギルド証を首から外して渡す。
「はい、お預かりしますね。少々お待ち下さい。」
そう言って受付の人が奥の扉へ入っていった。
五分ほど待っていると奥の扉から先程の受付の人が出てくる。
「お待たせ致しました。こちらが学生証になります。冒険者の方の分はギルド証との兼用になっております。」
受け取ったギルド証は見た目には何も変わっていないようだ。
他の三人の学生証とは少し色が違う。
「”情報”と唱えて頂くと学生証の内容が映し出されます。」
試してみると空中にウィンドウが映し出され、その中に自分の情報が書かれている。
俺のはギルド証に学院生であることが明記されているようだ。
ギルドランクはEとなっている。
(グリンドこんなこと言ってなかったぞ…。てかギルドランクって…説明受けてねえぞ。あいつめ…。)
「ギルド証を受け取るときにはこんな説明を受けなかったのですが…。他に何かありますか?」
「申し訳ありません、小さい街などにあるギルド員にはきちんと教育が出来ていないのが現状でして…。よろしければこちらをお持ち下さい。」
そう言って受付の人に渡されたのは学生用に発行されているらしい「冒険者の手引き」と書かれたパンフレットだ。
さっと目を通すとギルドランクの事なども書かれている。
後でじっくり読むとしよう。
「ありがとうございます、助かります。」
「いえいえ、よろしければこちらもお持ち下さい。」
渡されたのは「学院案内」と書かれた小冊子。
校則などが書かれている。
「それで、皆様入寮はいつからなされますか?準備が必要ですので、明日から可能です。」
「入学はもう少し先なのでは?」
ふと疑問に思ったことを聞いてみる。
「遠方から来られる方などもいますから、入寮は入学前から可能になっております。」
「なるほど、じゃあ皆明日から入寮でいいかな?」
他の三人に確認をとる。
「ああ、私は構わない。」
「うん、いいよー。」
「…アリスがいいなら。」
皆問題ないようだ。
「では明日からお願いします。」
「はい、承りました。皆様は同室がよろしいでしょうか?」
俺達は勿論と頷く。
「ではそのように手配致します。お時間がありましたら先にお部屋の説明をさせていただいても構いませんか?」
どうせ聞く必要があるのだから、今の内に聞いておくことにする。
「お願いします。」
では、と受付の人が説明を始める。
「部屋は基本的に同学年六名で一室となっており、皆様の場合はあと二名加わる事になると思います。
勿論、学年の人数によって多少の増減があるので確定ではありませんが。
その六名で一班とし、パーティ課題などはその班で受けて頂く事になっています。
個人間での部屋の移動は届け出れば自由に行って頂いて構いません。
その場合、所属班は移動先の部屋に準じることになります。移動先の部屋が六名以上になる場合は部屋の移動は許可されません。
どうしてもと言う場合はメンバーの交換という形になりますね。どの場合も双方の合意は前提条件となっています。…以上ですね。何かご質問はありますか?」
説明を終え、一息つく受付の人に質問をぶつける。
「例えばなんですが、空き部屋に少人数、または一人で移動したりも可能なんですか?」
「可能ですよ、実際にそういう方々がいらっしゃいます。ただし、パーティ課題は四~六名の班を前提としていますから、その分難しくなります。
学科によっては卒業に関係ありませんが…出来ないよりは出来た方が良いですよ。」
最低でも四人は欲しいところ、というわけか。
「なるほど、それじゃあ一人を残して他の全員で空き部屋に移動なんかも出来ますか?」
その質問に若干引き気味になるうちのメンバー達。
「ちょっ…ずいぶんぶっそうな事を言うね。」
突っ込みを入れたのはニーナだ。
他の二人もうんうんと頷いている。
ルーナさんは少し離れたところにあるベンチに座り、このやり取りを楽しそうに眺めている。
「この中の誰かにそんな事しようとは思ってないよ、これは自衛のため。」
「じえい?」
今一つ納得のいかない三人。
「うん、例えば凄く強い人が他のメンバーを奴隷扱いする部屋に居たいと思う?」
「そんなのイヤに決まってるじゃん!」
「そうだよね、しかも相手は強いから追い出せない。なら追い出されてやればいいんだよ。」
「…あ!」
ようやく合点がいった三人。
「んー、でもそういうヤツなら押しかけてきそうだけど…。」
「そうなったら先生に相談するしかないね。」
肩を竦めてニーナに答える。
(まぁ、そうなったら容赦しないけど。)
「それって…なんか卑怯じゃない?」
「良いんだよそれで、使えるものは使わないと。特に学校の先生なんかはね。」
ニーナにウィンクして見せる。
そのやり取りを聞いてクスクスと笑う受付のお姉さん。
「フフ、失礼しました。先程の質問は可能です。そういった方がいる事も事実ですしね。ただ、我々だけでは対応が難しい面もありまして…。
そういう時は相談して頂ければ我々も対応もし易くなりますので、気兼ねなく申し付けて下さい。」
「はい、その時はお願いします。」
受付のお姉さんの答えを聞いてホッと胸を撫で下ろすニーナ。
「でも、そんなこと本当にあるのかな?」
「分からない、けど…。」
「けど?」
「私達が下に見られる事はあると思う。」
そういいながら自分のつるぺたぼでぃを見下ろす。
(まだ6歳だからな…。)
ルーナさんの話によれば平均は15歳程度、ヒノカでギリギリくらいだ。
上下は様々だが、一桁台は流石に見た事が無いらしい。
貴族の子息なんかのお金持ちな人は大体10~15歳で入学するようだ。
そんな中に年下の平民グループ…、トラブルの臭いしかしない。
かなり偏見だと自分でも思うが、そんなイメージしか湧いて来ない。
実際の貴族に会ったことが無いんだから仕方ないだろ。
ちなみにルーナさんは19歳で入学したと聞いた。
その歳までに冒険者稼業で稼ぐのはかなり凄い事だと今では分かる。
「確かに、その可能性は否定出来ないな…。私も人の事は言えまい。」
ヒノカが顎に手を当て、思案顔で自分たちの身体を見る。
「うぅ…はやく大きくなりたい…。」
ガックリと肩を落とすニーナを見てフィーも不安そうな顔をする。
備えは必要だが、まだ起こりもしてない事に気落ちさせてしまった事に後悔しながら皆に謝る。
「皆、不安にさせてごめんね。ただの可能性の話だからそんなに気にしないで?」
「いや、そういう心構えが出来ただけでも有り難い。私一人なら対処法も分からぬままだったしな。」
「そうだね、やられたらやり返せばいいんだよ!」
「…うん。」
決意顔でニーナとフィーが頷き合う。
頼むからあまり物騒なことはやめて欲しい。
「というわけで今日はこれで失礼します。ありがとうございました。」
受付のお姉さんに別れの挨拶をする。
「はい、明日またこの受付にお越し下さい。すぐにお部屋に案内する事になると思いますので、荷物の方もお持ちになって下さいね。」
「分かりました。」
手続きを終えた俺達は学院の敷地を出る。
時間はちょうどお昼時だ。
「それじゃあお昼を食べて宿に戻りましょうか、荷物の整理もしないといけませんね。」
ルーナさんの提案に皆賛成し、彼女の案内で小奇麗なレストランで食事を摂ってから宿に戻ってきた。
部屋に置いてあるそれぞれの荷物を確認する。
と言っても旅用の道具に衣類が少々ぐらいのものだが。
荷車一杯に積んであったヒノカの荷物も今は軽いものだ。
(こんなもんか、後は必要になれば店で買えばいいか。)
そう考えてふと思い出す。
ここはレンシアの街。『レンシアスーパーマーケット』の本店がある街でもある。
(場所だけでも確かめておきたいな。)
ルーナさんに声を掛ける。
「ルーナさん、スーパーマーケットの場所を確認しておきたいのですが。」
ルーナさんは頬に手を当て、数瞬考え――
「それなら皆で行きましょうか。」
デカイ。超デカイ。
流石本店というだけはある。
セイランの街のスーパーの3倍くらいはありそうだ。
「ぉぉ~!でっかーい!」
ニーナははじめて見るスーパーに感動している。
「これが…店なのか…?」
ヒノカも面食らっているようだ。
「…。」
フィーは声も出ない。
そんな彼女らにルーナさんが買い物の仕方などを教える。
「面妖な…こんな店は初めてだ…。」
まぁレジなんてあるのはこの系列店だけだろう。
この店のレジは商品を入れた籠を読み取り機の上に乗せるだけで金額を計算するようになっている。
どうやっているのかは不明だが、魔力を感じられるので魔法を使っている事は確かだ。
説明を終えたルーナさんは全員に銀貨を一枚ずつ配る。
俺とヒノカは断ったのだが、いいからと無理矢理持たされてしまった。
「それじゃあ皆好きなように買い物しましょう。終わったらここに集合よ。」
「はーい!」
そう返事するや否やニーナは籠を持って走り去って行った。
「では後ほど。」
ヒノカも籠を持ち中へと入っていく。
一見落ち着いて見えるが、背筋が強張っているのが分かる。
フィーは勇気が出ないのかオロオロとしている。
「行こう、お姉ちゃん。」
俺はフィーの手を引き、逆の手で籠を持って中へ入る。
内装も綺麗でちょっと高級なスーパーという感じだ。日本人感覚でだが。
ここでは少量だが生鮮食品も扱っているようで、冷えたケースの中に野菜や果物が並んでいる。
魔力が感じられるので、これも魔道具だろう。
更に散策を進めるとある物を発見した。
(おお、あれは…。)
仰々しく飾られた小さくて透明なガラスで出来たケースを手に取る。
その中には歯ブラシが入っていた。
蓋を開けて中身をを取り出し、手触りを確認してみる。
日本で使っていたようなプラスチックで出来た歯ブラシだ。
素材は別のものを代用しているのかもしれないが、手触りは間違いない。
「わぁ、きれいだね。」
(こっちの世界だとそういう感想になるのか…。)
値段を確認すると銀貨10枚。高ぇ。
まぁいいや、買っちゃえ。金ならある。フハハ。
歯ブラシをケースに戻し、籠の中に入れる。
「そ、それ…買うの?」
値段を見たフィーが恐る恐る聞いてくる。
「うん、お姉ちゃんはどの色がいい?」
「で、でも…お金…。」
俺は懐から金貨を1枚取り出し、フィーにこっそり見せる。
「大丈夫、ちゃんと持ってきてるから。」
「そ、そうじゃなくて…高い…よ?」
まぁ、確かに高い。改めて値段を見て確認する。
日本円に換算したら約10万円くらいだ。
(10万円の歯ブラシ…狂気の沙汰だな。)
今から日本に戻るかと問われれば俺はNoと答える。
それでも――。
それでも、だ。
「高いけど、私には必要だから。お姉ちゃんも気に入ってるみたいだし、好きなのを選びなよ。」
「で、でも…。」
「うーん、じゃあお姉ちゃんのはこれでいいか。」
そう言ってピンク色の歯ブラシを籠に入れる。
多分、この色を選ぶだろうしな。
「あ…。」
「他の色が良かった?」
「……それでいい。」
歯ブラシの横の棚には『歯磨き粉』とラベルの貼られた瓶が置かれている。
チューブタイプじゃないのはコストパフォーマンスを重視したからだろうか。
こちらはお値段なんと銀貨1枚。高ぇよ。
(まぁ、仕方ないか…。)
その瓶を掴み、籠の中へ入れる。
「これ…なに?」
フィーが歯磨き粉の瓶を眺めながら聞いてくる。
「この歯ブラシを使うときに一緒に使うものだよ。」
「ふーん…?」
よく分かってなさそうだが仕方ないか。
歯磨きの概念は無い事も無いが、木の皮を齧ったりする程度だ。
基本は魔法士にお金を払って全身に”洗浄”をかけてもらうのだ。
うちはサレニアとフィーが使えるのでお金は掛からなかったが。
フィーの魔力量が増えてからは家の事は全てフィーの担当になり、その分依頼で稼いでいたようだ。
ちなみに俺は”洗浄”を使えない。
というより、この世界の魔法が使えないのかもしれない。
魔力を操作すれば同じ現象を起こす事は出来るが、呪文を唱えたら発動とはならないのだ。
全てマニュアル操作みたいな感じになっている。
応用が利くのは良いのだが、面倒くさい。
学院で習えば使えるようになるだろうかと考えながら店の散策を続けた。
今回の買い物で俺とフィーが買ったものは
歯ブラシ*2で銀貨20枚、歯磨き粉で銀貨1枚、マイ箸*4で銅貨40枚、お菓子を銅貨20枚分で
合計銀貨21枚と銅貨60枚だ。
マイ箸は木彫りのケースに入った木製のもので、これは皆の分を買った。
教える約束もしたしな。
「ごめんごめーん。」
最後に集合場所に戻ってきたのはニーナだった。
日はもう傾いてきている。
「全員戻りましたね、それじゃあ宿に戻りましょうか。」
買い物を終えた俺達は宿に戻り、夕食をとる。
今日は三人に凝視されている。
(寮に入ったら四月までに教えよう…。)
翌朝。
俺達は再び学院の門前に立っている。
「それじゃあ私はここまでね。これから頑張りなさい、貴方達。」
「うん、お手紙書くからね、おばあさま。」
「ルーナさん、ここまで付き添いありがとうございました。」
「…ありがとうございました。」
「ルーナ殿、色々とお世話になりました。助かりました。道中お気をつけ下さい。」
見送りに来てくれたルーナさんとそれぞれ別れを済ませる。
「ええ、貴方達が戻ってくるのを楽しみにしているわ。」
門兵に学生証を見せて門をくぐる。ニーナは最後まで手を振っていた。
気を取り直し、俺達は昨日の受付へと向かう。
対応してくれたのは昨日と同じお姉さんだ。
「おはようございます。昨日入寮の手配を頼んだのですが。」
「はい、準備は整っております。ご案内致しますので、少々お待ち下さい。」
お姉さんは奥のボードに掛けてある鍵を取り、受付から出てくる。
受付は他の人と交代し、お姉さんが案内してくれるようだ。
俺達はお姉さんの後について歩く。
受付の建物から少し離れたところに三つの棟が建っており、それぞれの入り口には四~六番棟と書かれている。
一~三番棟は反対側だろうか。
俺達が案内されたのは六番棟だった。
「今期生はこちらの六番棟が所属寮となり、これから卒業までの五年間はこちらで過ごして頂く事になります。」
説明を聞きながら六番棟を見上げる。
石造りの五階建てで古くはあるが、しっかりと建てられている。
中に入ると玄関があり、靴箱が並んでいる。
一つの箱がかなり大きくなっている。
「寮内は土足禁止ですので、ここで靴を脱いでこの靴箱に預けて頂きます。靴箱は部屋ごとに分かれています。
貴方たちは1階の10号室ですので……この靴箱ですね。」
示された靴箱には1-10と書かれたラベルが貼られている。
「え、くつ…脱ぐの?」
ニーナとフィーは面食らった顔をしている。
そういう習慣がなかったので仕方ないだろう。
「鍵はこちらに学生証を触れさせると開くようになっております。」
試しに学生証を使ってみるとカチャリと音が鳴り、靴箱を開く事ができた。
中は仕切りで8つに区切られているが1つずつが大きく空間をとっている。
ブーツを履く人が多いからだろう。
そのまま扉を閉めると再びカチャリと音が鳴り、鍵が閉められたようだ。
(オートロックかよ、ハイテクだな…。)
同じ様に全員に試させ、鍵の開閉が可能か確認する。
全員分の確認が終わると靴を脱いで靴箱に入れ、中に入る。
「どうぞ、こちらをお使い下さい。」
出されたのはあの緑のスリッパだ。ファンタジー感台無しである。
建物の内装は木をメインに使い、落ち着いた感じになっている。
案内された部屋の扉には靴箱と同じ様に鍵が付いている。
「1階の10号室、ここがあなた方の部屋になります。鍵は先ほどと同じ様に学生証をお使い下さい。」
俺は部屋の鍵を開けて扉を開く。空気が流れ、部屋の中から懐かしい匂いを感じた。
(この匂いは…。)
部屋の入口は土間になっており、スリッパを脱いで部屋に上がる。
「おぉ…。」
つい感嘆の声を上げてしまった。
俺の目に写ったのは畳。
あの懐かしい匂いは畳の匂いだった。
部屋の内装は畳に合わせ、和室になっている。
襖があり、窓には障子、更には床の間まである。
なんというか、気分は高級温泉旅館だ。
「おー、こんな部屋見たことない!すごいね、フィー!」
「…う、うん。」
部屋に上がってきたニーナがはしゃいでいる。
「私の国にはよくある様式の部屋なのだが…、ここまでの部屋は中々無いぞ…。」
たしかに、これで5年間金貨5枚は安いと思う。
「それでは私はこれで失礼致します。入学式の日程等はお渡しした冊子に載っておりますので、そちらをご確認下さい。」
「はい、案内ありがとうございました。」
お姉さんを見送った俺達は荷物を部屋の隅にまとめて一息つく。
俺は荷物の中から取り出したお菓子を備え付けのテーブルに広げ、座椅子を持ってきてぐったりと座る。
お菓子を食べながら緑茶があればな…、などと考えてしまう。
(…いや、スーパー行ったら売ってるんじゃね?近いうちに見に行こう。)
ふと見ると三人が所在なさげに立っている。
「どうしたの?お菓子食べない?」
「あ、ああ…戴こう。」
ヒノカはお菓子を摘んで口に運んでいるが座る気配がない。
「…座らないの?」
「そ、そうだな、少し緊張してしまってな…。」
そう言ってヒノカは正座して座る。
フィーとニーナもヒノカの真似をして一緒に座る。
三人共ガチガチになっている。
「皆、どうしたの?」
「ア、アリスこそ何でそんなにくつろいでんの!?」
「え?だって私達の部屋だし…?」
「そういう問題じゃないでしょ!もー!」
話を聞けばどうやら異国風で高級そうな部屋と言う事で緊張してしまっているようだ。
(それは慣れるしかないなぁ…。まぁ、ここで過ごすんだし、その内慣れるだろ。)
畏まる三人を他所に、俺は座椅子に身体を預け、学院案内を読み始めるのだった。




