茶色
西夏高校一年二組曾和美玲。
小学校の時に自分の絵を褒められて調子に乗った私は中学に入ると美術部に入部した。しかし、美術部に入ってすぐに周りの子の絵のうまさに私は自らの絵に対する劣等感を抱いた。その後すぐに私はその美術部をやめることになる。
その後は自由に絵を描き続けていたが、ある日であった人に自らの絵を否定され再び高校生になると美術部にまた入部することになった。しかし、実はその美術部は廃部寸前で、部員をあと二人集めなければ即刻廃部が決定してしまうと部長、葛飾広重から聞かされる。
さまざまな苦労の末、赤いメガネの美少女、黒田萌音ちゃんと、私の絵を否定した張本人で才能人、我生白という部員を確保できたのだが…。
「寝るなー!起きろー、ハク!」
さまざまな苦労と言葉を濁してはみたが、部員確保のために言ってしまったことが問題になっていた。
「……むぁ、…?…なんだよお前が寝てもいいって言ったんだろ?」
ハクを美術部に入部させる際に、つい、『部室来るだけでいいから、寝ててもいいから』なんて言ってしまったがためにハクは美術部に来るだけで寝てしまうという、ほぼ幽霊部員になっていた。いや、部室に来ているから生霊部員というべきか。…どうでもいい。
「確かに寝てもいいってあんときは言ったけどさ…」
だって、ほら…。ほんとにさ、寝るとは思わないじゃんか。
「あはは……。美玲ちゃんそのくらいでやめてあげたら…」
後ろから、苦笑した萌音ちゃんの声が聞こえる。本来ならば、彼女が近くを通れば誰もが振り向いてしまうような美少女だが、そのあまりにも目立とうとしない性格のせいかあまり人と一緒にいるところは見かけない。まぁ、その方が私が萌音ちゃんを独占できるからラッキーなのだが…。今日は肩まで伸びた髪を、最近のお気に入りだという青いシュシュでポニーテールになっていて、素晴らしい。実に素晴らしい。
「甘い、甘すぎるよ萌音ちゃん。部室を寝室と間違えるような輩にはちゃんと叱ってしかるべきなんだよ。……それよりも、ほんとは部長がこの役割を担うべきなんじゃないんですか」
「僕かい?」
一人で絵を描いていた部長が振り向いた。
「僕は……、美玲君がやってくれてるから、とても楽させてもらってるんだけど……。それより、美玲君も絵を描かなくていいのかい?」
「うぐぅ……」
私たち美術部は七月最後にある文化祭のために動き出していた。部長によると、毎年美術部は文化祭で部員の書いた絵を並べて、個展のようにする出し物をしているのだという。そこで、私たちは文化祭の行われる前までに絵を最低一枚仕上げるためほぼ毎日部室で絵を描いていた。
「じゃあ、お休み。部長、助けてくれてありがとうございますぅ、…すぅ」
もう寝てるし‼もちろん私はまだ絵を一枚も描ききれてないし、ハクに至っては入部後一か月は筆を持ってすらない。もーぐれてやるー。
「萌音ちゃーん、慰めて…」
ぐれてねーよ、という突っ込みは置いておいてくれたまえ。
「……よしよし。美玲ちゃんはえらい子、えらい子」
その言われ方ちょっと恥ずかしいけどもうどーでもいいや…。
ひとえに美術部と言っても意外に絵を描いている時間は少ないのだという。そう考えるとなんだかんだ絵をほぼ毎日描いている私たちはそーとー真面目だと思う。部長によると、去年は基本、顧問が来るまでおしゃべりし、顧問が行ってしまったあともおしゃべりしていたそうだ。しかし、顧問はほとんど来ないそうだ。………あれ?じゃあ、顧問が来てない日はいつ絵を描いているの?
とはいえ、私もなんだかんだ萌音ちゃんとしゃべってばかりの日もあるので真面目に絵を描いているのは部長くらいかもしれない。
「……ふぁぁ、よく眠った」
ハクはほとんど部活終了間際まで寝ている。というより部活が終わる6時30分になってもまだ眠っていることが多い。私や、萌音ちゃんは部活後、すぐに帰ってしまうが、ハクは強制下校時間である7時30分まで寝て、その時間まで絵を描き続けている部長に起こされているようだ。
今日は意外に早く起きたと感心していると、私の絵の前に来て、
「うわ……、へたくそ…」
「うるさい」
珍しく早く起きたなと思ったらそれか。
私の文句は華麗にスルーして萌音ちゃんの絵ものぞきに行くと、
「…へぇ、意外とうまいじゃん」
「ほ、ほんとですか!ありがとうございます!」
窓が閉め切られていて暑いせいか、萌音ちゃんの顔は赤みがかっていた。…まぁ、ふつーに照れているんだろうけど……。
「きれいな絵だと思うよ。光の感じがいいな」
「はわわ、はわわ」
こいつ……、萌音ちゃんが美少女だからってことで褒めちぎってやがるな。まぁ、萌音ちゃんの絵が私が勧誘前に思っていたよりもずっとうまかったのは認めるが…。騙されるな!萌音ちゃん!こいつの魔の手にかかるな!
「ふむ、もう6時半か……。そろそろ帰ってもいいよ美玲君たち。後片付けは僕がやっておくから」
「あ、ありがとうございます。部長。萌音ちゃん一緒に帰ろう」
「………はっ。えっと、うん。あ、…うん、帰ろう」
まだ、顔の赤いままの萌音ちゃんは、一緒に帰っている間も少しぼんやりとしていた。
◇ ◇ ◇
「それじゃ、もう一眠りしますか…」
「そうかい、お休み」
はぁ、やっぱり何度描いてもうまく描けた気がしない。
葛飾北斎、歌川広重という二人の有名人の名前が僕の名前に入っているとしても、本当に絵がうまくなれるとは限らない。たぶん、後輩である美玲君の方が絵がうまいくらいだろう。いくら描いてみてもある一定のラインからピタッと絵が上達しなくなった。…限界だろうか。
「はぁ……。どうすればいいんだろうか」
「部長が悩んでるのって美術部のことですか」
「え?」
声は意外にももう寝ているもんだと思っていた白君から聞こえた。白君のことは実はずっと前から知っていた。もちろん絵も見に行ったことがある。だから、その才能も知っている。
ちょうど考えていたこととは違うとは言え、今の白君の問いはあながち外れていてもなかった。
「どうしてそう思うんだい」
「部長なにか隠してませんか。なんか全部自分一人で背負ってる気がするんです」
その言葉に僕は驚嘆した。確かに僕の責任で何とかしようとしていることはあった。それはもともと、美玲君や萌音君には気付いてほしくないからひたすらに隠していたことなんだが…。意外にも鈍い人ではないみたいだな。
今は、美玲君も萌音君もいないし…。少しだけなら教えてあげようかな。
「……この部活もしかしたらすぐつぶされるかもしれない。せっかく部活を再建してくれた美玲君には言いにくい話なんだけどね」
「……どうしてそう思うんですか」
実はずっと前から気付いていたことだった。もし、この美術部がまた再建されてもきっとすぐにつぶされてしまうだろうということは。
「この学校の理事長が明らかにこの美術部をつぶそうとしている気がするんだよ。別に、この部室にあった部の備品を新入部員が入る前に捨てられて、一週間美術部として機能できなくなってしまっただけじゃないんだ。…どうしてか、四月になってからこの部への理事長の邪魔が多くなってね…」
理事長がこの美術部をつぶそうとした理由は伏せたつもりだった。しかし、
「理由はある程度分かってるんでしょ、部長」
気付かれていたようだった。
理由は簡単だった。……我生白がこの部活にいることだった。
我生白。美術部としてせめて絵がうまくなくても知識だけはと思っていろいろ調べていた時に見つけた天才画家だ。父親が有名な画家であり、その父親の画家仲間からはその父親よりも息子である白君の方が才能ありといわれている天才児だった。しかし、最近は新しい絵を描いていないようで、その父親ともどもどこへ行ったのかすらわからなかった。
噂ではスランプに陥っただの、事故にあって死んでしまっただのいろいろ流れていたが、この学校に入ったと聞かせられたときは驚かされた。
ここまで分かっていれば理事長の考えは簡単に分かった。彼の、我生白の才能を、潰れかけの美術部で埋もれさせないこと。そのために美術部すらつぶしてしまおうとしているということだろう。
「まぁ、この部は四人しかいないんだ、理事長が本気でつぶそうとしたら簡単なことだろう。最悪、適当な言いがかりをつけて部の一人を休学に追い込めば、この部は人数が足りず廃部だ。この時期に入ってこれる新入生はいないからね」
「俺はこの部がなくなっても、特に何とも思いませんけど…。あ、でも放課後寝れる場所がほしいな」
話を意図的にそらしたつもりだった。理事長は白君がこの美術部にいることが気に食わないんだとは言えるわけもない。もちろんそれは白君にもわかっていたみたいで話を逸らしたのに乗ってくれた。
「白君は自由だな。…もしも僕が君のように、この名前のように絵がうまかったらもっと自由に生きていたのかな…。この名前のせいで、無条件で絵がうまいと思われてしまう。たとえ美術部であっても絵がうまいとは限らないのに、ポスターとかの絵を描かされるんだよね…。で、描いてみたらちょっとがっかりされるんだ。やってらんないよね」
「………絵がうまくなれるかは努力次第ですよ。多分、部長は絵がうまくなれる側の人だ。…もっと努力すれば何とかなりますよ」
才能人である彼は努力をしたことがあるんだろうか。少し失礼かもしれないがなんとなくそう思った。先ほどの言葉は皮肉を言われているようにも思えたから、恨みっこなしだろう。
チャイムが鳴った。強制下校をさせられる時間になったようだった。
白君は自分の荷物をまとめると颯爽と扉の方へ向かって行った。僕はこの才能人に少しだけ意地悪したくなった。
「…ふふ、そういう言葉を美玲君あたりに言ってあげないのかい?」
すでに扉の前まで行っていたが、白君は振り返って言った。
「…いやですよ。絶対。あいつも才能人だから…」
◇ ◇ ◇
遠足の時から、お昼の時間はメアちゃんと萌音ちゃんとともに食べていた。
萌音ちゃんは弁当を自分で作って来ているが、私とメアちゃんは購買で普通に昼食を購入するので購買がいつもの集合場所になっていた。
「うわっ、萌音ちゃんの弁当今日もすっごいおいしそう!」
「えへへ、ありがとう」
萌音ちゃんの弁当はいつもおいしそうであった。これを朝早起きして作っているのだから、すごいと思う。…私にも作ってきて欲しいってお願いしたら迷惑かな?
「あ、今度私に料理教えてよ。私の料理さぁ、親から食べられるものじゃないって言われるほどの物でさ、見返してやりたいんだよね」
「うん、もちろんいいよ。土曜日の午前中とかどうかな私の家で」
よし、自宅デートの約束取り付けたぞ。萌音ちゃん攻略まで後何ステップ積めばいいのかしら…。その前に法律の改正?……はっ、だめだ。…最近、自分の思考が気持ち悪いです。
「あたしも行っていい?今度の日曜にユウ君と出かけるんだけど、ユウ君がいつも『女子力足りない』ってけなしてくるからさぁ~、ここは料理で見せつけてやりたいんだよね」
「………リア充うざい~」
もちろん本当にうざいと思っているわけではない。半分ネタだ。
ユウ君というのはメアちゃんの彼氏である。最近付き合い始めたばかりで、今なかなかに熱いカップルだ。そのためにのろけ話を多く聞かせられるので、心に直接攻撃をくらっていたりする。
「うん、私でいいなら」
この子の心はきれいだ。ずっと汚れないでほしい。私が悪影響与えないようにしなくては。
「はぁ~、私も彼氏とかほしいな。でもいい人いないんだよな……」
「何言ってんの、ほら美術部に超イケメンいるよね。しかもいつもは素っ気ないのになんだかんだやさしい人だしさ。狙ってたりしないの」
「『女子にやさしいイケメン』なんて我が美術部にはいませんが…」
まったく覚えがありません。
「『我が』って…、別に美玲のじゃないでしょ。いいと思うけどなぁ。我生くんだっけ?萌音ちゃんはかっこいいと思わない?あの人」
「ふえ‼」
箸で弁当箱をつついていた萌音ちゃんに話が飛んでった。
いきなり話しかけたからか、とたんに箸を床に落としてしまった。
「おう、大丈夫かね萌音たん」
箸を拾ってあげた。なんとなく耳が赤くなっていた。確かにちょっと暑いな…。どうして窓閉め切ってるのかな…。
「えーと、え、うん、か、かっこいいと思う…」
「……ほほう、この子……。美玲、君はもうちょっと危機感持った方がいいかもしれない。あんたの周りの彼氏候補が減るぞ」
「誰のことよ!」
私の本命は萌音ちゃんだけよ!……もちろん口には出さないが。…そんな目で見ないでほしいな、ついでに百合疑惑立てないでくれるかな。
「そ、それよりさ…、知ってる?美術部の部長に留学の話が出てるらしいよ。部長はそんな話は聞いてないって言い張ってるらしいんだけどさ」
「部長に?」
思いっきり初耳だった。
「美術部の部長ってあのメガネの人?そういえば、四月の学力テストで学年一位だったんでしょ」
「が、学年一位……。私……、学年で下から数えた方が早い…」
部長がそんなに頭良かったなんて……。
「あはは、大丈夫だってあたしだって下から数えた方が早いし…」
ぎりっ!
「お、おう。どしたー、にらみつけて…」
さっきのは見え貼って平均以下みたいな表現したけど、実際は下から数えて一桁くらいだからね!平均近くのメアちゃんとは全然ちがうんだよ!やばいなぁ、勉強しなくちゃいけない。でも勉強しても無駄だって中学の時思い知ったからなぁ…。
「そういえば、メアちゃんってどうしてどうしてメアって呼ばれているの?本名は芽亜利だよね…。ならメアリーって呼ばれるのもかわいいと思うけど…」
萌音ちゃんがメアちゃんに質問した。
ってあれ?そういえば、私四月に頑張って二人部員集めたけど…、もし部長が留学しちゃったらどうなるんだろう?たしか四人の部員がいないとその部って潰れるんだよね…。
「えー、いやだよメアリーなんて……。外国人みたいじゃんかー」
はっ!その前に部長って三年生だよね11月に引退した後、三人になるんだけどどうするんだろう…。春まで待たず廃部とかさすがにないよね。廃部っていわれたら……いや、普通に考えて新入部員を獲得すればいいんだけど…。入ってくれる人いるかなぁ。
「……メアも十分外国人ぽいって思うよ…」
「ところで美玲……、何考えてるの?」
気付いたら二人から見られていた。特に大したこと考えてたわけじゃないんだけど…。
「へ?何もないよ?いやだな~」
とりあえず、今はいいや何も考えなくても…。
このころは何も考えなくてそれでよかった。でも、この時から深く考えていれば、最悪の事態は免れていたかもしれない。私はやっぱり、……バカだ。
何も考えずに絵を描いたり、自由にしていることができたのは中学までだったということにまるで気付いてなかった。
「廃部!?どうしてですか部長!」
時間は少し流れて、六月の中旬。
いつもの通り私は美術部の部室に来ていた。いつもの通り部長、私と萌音ちゃん、ハクの順番で部室に来た後、ハクはいつもの通りパイプいすを並べ、その上に寝転がろうとしたところで部長から話があると声がかかった。
「実は理事長が直々に話をしにきてね……」
まず、今期の予算を振り分けていく中で明らかに予算が足りなくなってしまったこと。
予算が足りなくなってしまった理由は主に部室棟の改築のせいだ。明らかに老朽化していたとはいえ、部活の連中が冷房ほしいだとか、コンセントが欲しいだのいろいろ言いまくったためだ。
まぁ、もちろんそれをすべて聞き入れようとした、その時の生徒会のミスでもあるんだろうけど。この学校はほぼすべてが生徒会の主導で行われるけど、そういう先の見通しが悪くなるところがだめだよね。
話がそれた。
結局のところ部活連中のせいで予算がなくなったんだからその責任を部活連中が取らなくちゃならなくなったんだ。この高校はほかの高校と比べて部活が多いことから部活を減らしてしまうのが一番だとふんだんだね。
え?それでどうして美術部が廃部になるのかって?
美術部のほかにも茶道部とかも廃部になったんだよね。まぁ、サッカー部とか野球部とか部員の多いところを廃部にするわけにもいかないだろうから理事長と生徒会がある一定の条件を作ったんだよ。
その一定の条件ていうのが正規部員数五人てこと。ちなみに、正規部員ってのは兼部じゃないかつ幽霊部員じゃないってことね。
……ん?ああ、我生君は一応正規部員ってことになるみたいだけど…。
「…それでもあと一人たりないでしょ。いま、兼部は頼めないし……。つまりうちは廃部ってこと」
「そんな、納得できません!」
もちろん猛反対だ。
「廃部になるのは、美術部だけじゃないんですよね。なら、ほかの廃部になったところの人が美術部に入るのはダメなんですか」
萌音ちゃんも珍しく興奮して発言をしている。しかし、部長は首を振った。
「落ち着いて、君らしくもない。それは、美術部だけ特別扱いしていることになるだろう。逆に美術部である僕たちがそのほかの潰れそうな部活に入ることだって考えられるだろう。それはもうダメだと決まったんだ」
「それでも納得できません」
私はいてもたってもいられなくなった。鞄をつかみ、部室を出ようとした。
「どこに行く気だ?」
部長からではなくここまで何も言わなかったハクから声がかけられた。
「理事長がそれを言いに来たんですよね。なら、直接抗議しに行きます」
「わ、私も行く」
私は萌音ちゃんとともに部屋を出た。その時に部長とハクから止めに入るような声が聞こえたが無視をした。
「失礼します」
理事長室に乗り込んだ。目的はもちろん一つしかない。
「やぁ、曾和美玲さんだったかな」
「どうして私の名前を知っているんですか」
私の名前を言い当てて来た。
理事長は身長180cmくらいでメガネを身に着けた、ダンディと表すにふさわしい男性だった。
「娘からかな。君と同じ学年なんだ。それ以外にも私たちの勝手な理由から部活を奪ってしまったんだ。その部員の名前を憶えていることがそこまでおかしなことかな」
「そんなことはどうでもいいです!」
「……君が聞いてきたんじゃなかったかな」
きーー!話をそらそうとして!
「どうして美術部をつぶそうとかそう簡単に決めちゃうんですか!」
ここまで来て、やっと萌音ちゃんが追い付いてきた。走って出てきたからいつの間にか萌音ちゃんを振り切ってしまった。ごめん、心の中で謝っておく。
「君たちの部長から聞いたはずだろう、予算の編成が厳しくなったんだ。正直君たちの部活をなくしてしまうのは心苦しいが、もう決まったことなんだ……」
「本当に、あれだけの理由ですか」
萌音ちゃんから声が上がった。まだ、疲れているようで息切れをしている。
「やっぱり、我生君の関係で……」
「その話はしないでくれるかな。萌音」
萌音!萌音と呼び捨てにしましたよこの人!マイスウィートハニーの萌音ちゃんを呼び捨てにしましたよこの人。どうして、私の萌音ちゃんを…、失敬、みんなの萌音ちゃんを呼び捨てにしているんですか。あなたと萌音ちゃんの関係は何なんですか!
「でも、お父さん!」
お父様ーーーーーーーーーーーーー!?
「私は、この美術部が好きなんです。美玲ちゃんがいて、我生君がいて、部長がいるこの美術部が好きなんです。私は引っ込み思案で友達が少なかったけど、美玲ちゃんのおかげで少しずつ友達ができて、毎日が楽しくなった。お父さんは私の幸せまで奪うつもりなの?」
も、萌音ちゃん…。こんな時にって感じだけど、とてもうれしいよ。
「……萌音、お前のトモダチは部活がなくなっただけで、いなくなってしまうものなのかい。違うだろう、部活がなくなってもずっと続くものだ」
ああ言えばこう言うな。いくらお父様といっても許しませんぞ!
「……で、でも」
「……とはいえ、かわいい娘の頼みだ。私としても何とか生徒会に話を通してみよう。私が話を通せば『一定の条件』とやらの規定を緩めることもできるだろう」
「ほんとですか!」
意外にもすんなり納得させることができたようだ。
「本当に、やってくれるんですね、理事長」
萌音ちゃんはまだ、疑り深く確認している。
「……本当さ、こんなことで嘘はつかさいさ。ちゃんと生徒会には話を通してあげる。……でも、彼がどう動くかまでは僕は保証しないがね…」
理事長は一応は約束してくれた。…不吉な言葉を残して…。
しばらくは平穏が訪れた。
廃部の話はなくなってしまったようだった。怖いくらいにすんなり行ってしまった。
すべてはまたいつも通り。
でも、たぶん私が気付いてなかっただけで、たぶん少しづつ変わっていたのだと思う。
だから、私にはこの日起こったことが突然のことにしか思えなかった。
7月中旬。文化祭が近づき、私たちがそのための絵を描くのに忙しくなっているころ。
「こんにちわー」
今日は萌音ちゃんが掃除当番だったので、一人で先に部室に来ていた。今日は授業も早く終わり、多分部長より早く部室に来ているだろうから、あいさつは必要ないかなぁ、と思いつつ。
部室にはやっぱり誰もいなかった。でも教室のど真ん中に画材が置いてあった。昨日部長が片づけなかったのかなと思い、片づけようとした。絵の正面に回りその絵を見ると息を飲んだ。
間違いないハクの絵だった。
そこに描かれていたのは黄色と茶色と白を使って描かれた絵。いや、これは絵とは呼べないかもしれない、ただの黄色と茶色と白の模様と言ってもいいかもしれない。
私はどうしてかこの絵ともいえない模様から目を離せなかった。
そしてこの絵を見て、私はいつの間にか泣いていた。どうしてかはわからなかった。
その日、ハクは部室には来なかった。
そして、その次の日ハクが転校したことを知った。
ハクはもう部室には来なくなった。
「茶色」読んでくれてありがとうございます。次回「白」が最後です。ぜひ読んでください。
この「黄色と茶色と白」はもともと一つの短編にしようと思ってたんですけど、思ったよりも長く三つに分けてみました。
まだまだ小説を書き始めたばっかで悩みながら書いていますが、これからもおつきあいくださいませ。
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