12/20終わりの朝に
科学要素は有りますが、科学的根拠が正しいとは限りません。演出上の嘘や虚実、詰まる所の誇張表現が使用される恐れががあります。作品が今日中に完結するとは限りませんのでご注意ください。
この物語はフィクションです。登場する団体・人名等の名称は須く全てが架空の物です。題材に用いられた終末論、その信憑性は定かでは無いので、どうか皆様早まらない様にしてください。
ご了承頂けましたら、本編をどうぞ。
本当に世界が滅んだのかと思った。
マスメディア、それが真しやかに囁いていた世界の終わり。後に怪しい宗教ともなり狂信者が自殺する事件にもなったそれを、あろう事か種を蒔いた彼らが否定し始めた頃。その小さな事件の仕業で僕はそれを再認識した。どうせ噂かジョークだろうに、そう思いつつあった頃だった。
「なあお前、世界が終わるだなんて信じられっか?」
「随分と唐突だなー、おい」
俺の友人が話し掛けてきた。最近話題の終末論とかいう奴だ、なんでもマヤ暦の暦が終わるとか終わらないとかで世界が滅亡するだの生まれ変わるだのと囁かれているらしい。以前は見飽きる程にまでTV特集でもノストラダムスの大予言なんかと絡めて紹介されていたが、今更になって今朝のニュースではその終末を否定し始めている。散々話を盛り上げておいて、結局は視聴率しか考えていないTV局の無能さが露呈した様に僕には思えていた。
「で、どうなのよ?」
友人が再度追求してくる。別にどうでも良い事だと思っていた、世界が滅びたってどうせ僕達には一瞬の事なんだろうしと僕は楽観視していた。そうでなくとも、特別大事にしたい物やら捨てきれない未練なんかも存在しない。人類進化の引き金がどうとかも耳にしていたがニュータイプだとかグレイ型宇宙人とかには魅力を感じない。つまりこの話題は宇宙規模のIf談義、詰まる所の『もしも~~になったらどうする』といった非常に曖昧模糊な次元での話で、それほど信憑性の無いオカルト話にしか思えなかったそれには明らかに僕を惹き付けるリアリティに欠如していた。ある意味、引力にも掛けていたと言っても良いだろう。
だから、僕はいかにも興味無しといった声色で返答する。
「信じてるならお祈りでもしてるさ。別に滅んでも構わないんだけどな」
「ふーん」
友人は投げやりな頷きを返してきた。聞いておいて何なのだろうかコイツは、そう心の中で悪態をついた。お互い似た者同士とはクラスメイトも良く言ったものである。常識面では僕の圧倒的勝利に思える、少なくとも彼よりは気遣いが出来ると自負している。(だから何だと言われたらそれまでだが。)
そんな友人の無関心な声が止むと、僕と奴との間には奇妙な無言の時間が突如にして訪れて来た。すると僕達は作業に戻り、これといってサボタージュする様相も無く黙々と作業をこなし始めていた。心地良い沈黙、小気味良い静寂の中をサラサラと筆記する音がせせらぎの如く流れる。それすらBGMに変えて僕達は作業の対象へと意識を凝らすのだった。
此処は学校の美術室、石膏像やら画材が並ぶ棚、その出前へと下げられた机が整列していた。(整列といっても煩雑な物で、列ごとに下げる規則はあってもそこに規律は存在しない。乱雑と形容するよりは横暴、すなわち横着の内に落ち着いていた。)その理由は簡単だ。床或いは器用に折り曲げた自分の脚に腰を下ろしたクラスメイトが輪を描いている様子からして、スペースが必要だったという事だ。勿論、輪を描くとは生徒の集まり方の比喩であり、別段スケッチブックに丸を描くだなんて奇行に及んでいた訳では無い。
それは、僕を含めて例外無くスケッチブックを下敷きに書類を書いていたからだ。(今となっては思い出せないその書類、コンクール応募用紙の下書きか或いはレタリングの最中なのかも覚えていない。)僕は物覚えこそ悪いが美術にかける情熱は人並み以上な自信がある、例えば“実際に受けた”美術の授業は確実に説明できる程にだ。
そんな僕はいつも通りに課題に熱中していた。今でこそ中身は知れないが、それが美術関係ならば鉛筆は紙上を走り続ける事を止まない。その日この時でさえそれは同じだった。
「なあ、ちょっとお前はここん所どう書いた?」
肩をつついてきた友人が白紙のスケッチブックを見せながら訊ねてきた。まるで何かある様に、何かを描かねばならない様な言い草をする友人に僕は戸惑う。
「あ、あーっとさ、まだそこまで行ってないんだわ。悪いな」
「あー、そうか。ありがとう。なら仕方が無いよな」
どうにかそれらしい理屈を返す僕。そんな僕へと苦笑いで答えた友人、鉛筆を耳に乗せた彼は頭を掻きながら苦笑いして言った。どうやら切り抜けられたらしい、ほっと溜め息を吐いたその時だった。
「なら、後ろのに聞くしかないか……」
発言自体には問題は皆無だ、問題は僕らの真後ろに存在したのだ。
まず何が存在していたのかと言えば、女の子が画用紙に突っ伏す様にして鉛筆を走らせていたのだ。お前は木版画を彫る棟方志功か。そう思わせる程に画材、画用紙へと意識をのめり込ませていたのだ。これ自体もさして問題ではない。折れた鉛筆の芯が目に入らないか、或いは本人の視力が落ちるのでは無いかと見ていて甚だ不安ではあるが、それらは対して不自然でもない。むしろ当然にして危惧すべき筈の事だ。
ならば何が問題かというと、何を囲うでもなく丸く集まった生徒集団の中で、少女だけには見覚えが無かったのだ。
「なあ、ちょっと良いか?」
その少女の背中を鉛筆で小突いて友人が訊ねる。至って普通、女子に触れるのを躊躇う男子の大半がとるであろうその方式で訊ねた友人。
しかし、その彼が隣に移動しているというのに、少女は真正面、つまりは僕の方を向いて首を傾げた。
「スアールに用事?」
聞いた事の無い五感、裾にかけて黒から水色へと変色していく長髪を画面上にさらりと動かして少女は鉛筆を止めていた。これがゲーム、文字通り画面上での出来事ならさぞや僕はワクワクしてそのゲームをプレイしていた事だろう。それだけの、そう思わせるに足るだけの美少女がそこには居たが面識は無かった。
可愛らしく、ちょこんと女の子座りをしていた彼女を前に現実感が喪失していく。端正な顔立ちに白い肌、疑問の色を呈するその眼差しは深い藍色に染まっていたのだ。
「スアール……? スアール、スアール…………」
僕はつい、その少女の名前らしいワードを反芻する。奇妙な語感。少なくとも日本語でない事は確かだし、記憶力には自信は無いが今までに習った英単語にもそんな響きは無かった様に思える。何かのゲームで見た天使の名前ならスローンとかスローネとか、どちらかというとそちらの語感に近しい神秘的なイントネーションだと僕は感じた。
「んっと、どしたの? スアールに、用事だよね?」
何か言葉を口にする度に揺れ動くプルンとした薄桃の唇。スアールと名乗る彼女は、一体全体どうしてかどうしようもなく魅力的な少女だった。艷やかで幻想的な彩りの長髪、美しくも可愛らしくもある表情と女性的なプロポーションに見合った制服のセーラー服、そして更にはしなやかな脚線美を描く足のライン、全体が整った正しく絶世の美女と言った見て呉れ、それでいて尚且つ性格も温和そうだし声も優しく透き通っている。これ程までの美少女など、世界中を探してこの子の他に一体何人が見付かるのだろうか。それ程までに美しい彼女を前に僕が絶句したまま硬直していると、脇に居た用件の主である友人がスアールの勘違いを是正すべく声を上げていた。
「あ、あっと……声掛けたのは俺なんだけど、スアール?」
「あっと、ああ、そうでしたか。ごめんないです2人とも、スアールったら勘違いしてましたよ。あはは」
照れ笑い、仄かに赤みが差したスアールの肌理細かい白い肌とその表情に僕の目線は釘付けになってしまう。世の男性が見たら、男好きでも無い限りは大抵が一目惚れするのでは無いのだろうか? 言い過ぎかも知れないが、多分僕も世の男の1人なのだろう。違和感を感じつつも、現実に紛れ込んで来たそれこそ夢みたいな美少女相手に邂逅して僅か数分だと言うのに恋心を抱き始めていた。僕はどうやら、本当に一目惚れをしたらしかった。
「それでな、お願いが有るんだが……」
僕への質問と違う内容、それに対してスアールは『何かな?』といった様子で女の子座りのまま小首をかしげている。もう語り尽くせない程の麗しさと可憐さ、筆舌に尽くすとは彼女の為に有るのではと誤解すらもしたくなる。そんな彼女は小さく頷き確認の声をあげた。
「うん」
そんな彼女、どんな映画のヒロインよりも崇高な存在に思える彼女に対して友人は言葉を続けた。
「それは――」
途端、僕の意識は白い泡の中に沈んだ。視界は真白、耳鳴りは高周波数を遥かに超えて耳を劈く。美術室は夢想が如く掻き消え、絶世の美少女スアールの姿も友人の声も暗闇の彼方へと落ちていった。明滅する白黒。意識自体を嬲る様に、或いは僕という存在を刮ぎ取る様に突撃してくるうねる光の奔流へと僕は呑み込まれていく。
気絶しそう、しかし意識は途絶しない。上下左右前後の感覚を奪われ、ひたすら嗚咽に襲われるが素直に嘔吐する事さえ許されなかった。漂う様な、それでいて押し流されるかの様な流れへと僕のその身は放り出されていた。
トンネルを抜けたら急にファンタジー世界でした。そう言われても不思議に思えない程の超現実的感覚、その生々しさの中、僕の意識はそれこそ堕ちるよ様に滑落していた。そしていつしか、その感覚も何処か彼方、その奔流の向こう側へと弾き飛ばされていたらしい。さよなら、スアール。夢でも良いからまた会いたい。そう思ったその時だった――。