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豊穣の女神と飢餓の魔女  作者: 水沢 流
フクと愉快な仲間達
9/35

食べ物ですか? その通り。

 広場に組まれたやぐらの上で、松明がちらちらと燃えています。


 今夜の郷は、ちょっとしたお祭りのような雰囲気になっておりました。

 もちろん、イノシシ肉をみんなで食べるために決まっています。


 ──あの後、四頭ほど狩りましたので。


「フク様、器用ですね」

「まかしとき!」


 サクサクと切り分けた肉を区別しながら、自信たっぷりに返事をします。

 美味しい物は、食べるだけじゃもったいない!

 食べてなんぼ、作ってなんぼですよ。


 いい店に行ったらレシピを教わるのは基本形!

 ダメなら? 気合で再現します。

 料理なら任せて下さい。


 仕留めたイノシシの解体は、村の男衆がやってくれました。

 そこから後は女衆と私の出番です。

 実りに不自由しない郷では保存技術があまり発達していないらしく、酢と酒しか発酵食品がありません。

 それでも美味しい肉は良い料理になるんです。


 こっくりとした甘さを持つ脂の多い肉は、真っ赤に燃えている炭火の方へ。

 スジとか脂の少ない部分は、荒く刻んで鍋の方へ。

 大根は浅く皮を剥き、角を取って、近くの木皿に盛っておきます。

 そしてゴボウは泥を洗って表面をそぎ、斜めに、滑らせるように包丁を入れて、水の中へと落としてアクを抜くのです。


「フク様、これは?」

「ん? 後で」


 尋ねられたのは菜の花でした。葉物は後入れが原則です。

 春のネギはもちろん野蒜(のびる)で、普通のネギと一緒に刻んでおきますが、これもやっぱり後の方になります。

 野蒜の根元にあるミニタマネギもどきは、甘酢につけていただきます。味噌があれば、カラシ味噌でも良かったのですが。


「上出来上出来ー」


 肉と根菜の入れられた鍋が、薪から昇る炎で煮えたぎっています。

 ゴボウや大根を足した後に木杓でアクをすくう事数回、湯気からいい匂いが立ち昇るようになって来ました。


「なあ、これ一つまみしても怒られんべ?」

「じゃあ、おらっちも一つまみ……」


 ぱこーん!


 木皿が二つほど宙に舞いました。

 ナイスシュート。


「ふっ」

「うむっ」


 年配の婆様と、その娘さんが揃って、笑顔でうなずき合っています。

 その、家の中での光景が、見えるような気がいたしました。


 ああ、それにしても楽しみです……。


 あぶられている牡丹肉から、とろけた脂が溢れ出しています。

 つう、と肉の表面を滑った脂は、下の、赤く色づいた薪の上へ。

 ぱっと火の粉を散らして煙を上げるひとしずく。

 立ち込める煙の中で、じっくり焼けて行く肉が素敵な色を見せておりました。


 その香りがまた、ジューシーなのですよ。

 骨をかじっていた犬までもが、何度も顔を上げてそちらの方を見たぐらいです。

 これは燻製にしても美味しいだろうなあ、と思った私は、近くの人に尋ねてみました。


「燻製は?」

「燻製?」


 不思議な顔をされました。

 残念、燻製もないのですね。


 漬物「なし」

 発酵食品「なし」

 燻製「なし」


「冬はどないしよっとねん」

「あるもので」


 即答でした。


 どうやら春夏秋は採れるもの、そして冬は肉と根菜と穀類で過ごすようです。

 薪にも苦労しない郷ですから、それで問題ないのでしょう。


 薪と言えば――


 さりげなく、食事に何かの木の葉が混じっていた事がありましたよ。

 そりゃもう、見事にゆでられておりましたが。


 問答無用で食べましたけどね!

 来年の薪のためです、贅沢言っちゃアカン。


 肉が焼きあがり、鍋が仕上がれば全て完成です。


 木の実と鶏肉の練り焼き団子。

 牡丹肉の焼肉、塩胡椒焼き。

 薬味たっぷり、牡丹肉と彩り野菜の鍋。

 後は定番の、米と麦。


 これだけあれば、皆に分けても充分足ります。


「食うどー!」


 意気揚々と声を上げると、わっと歓声があがりました。

 それぞれが椀に思い思いのものをよそって、広場の適当な場所に腰を降ろします。

 まだ小さな子供に汁だけ薄めて分け与える親、我先にと頬張って嫁さんに怒られる旦那、肉の取り合いで喧嘩する子供達、とまあ、なかなかに顔ぶれも百花繚乱。


 そのどれもが、笑顔でした。

 たった数頭の…イノシシで。


「ええもんやね…」


 そりゃあ、和食に洋食にと、何でもそろっている元世界とは違いますけど。

 こんなにも食事時に幸せそうな顔がそろうんですもの、神の郷も悪くない。


 焼肉は甘く柔らかく、滋味たっぷりの肉汁まで楽しめましたし。

 鍋は鍋で、素材の味が調和して、シンプルな味付けでも文句なしの美味しさ。

 練り焼き団子は丁度、つくねのような食感で、これまたバランスが取れているのです。


 ずずー、と椀の汁をすすって、ふと一言。


「そういや、コンニャク……」


 見かけませんでしたね、コンニャクは。

 後でシキに聞いてみましょう。


 そんな事を思っていたら、シキがとたた、と駆け寄って来ました。

 何やら袋を持っています。


「フク様」

「ん?」

「どうぞ」


 と差し出された袋を開いて、ピキ、と私が凍ったのは言うまでもありません。


「いもむ……!」


 いや言えません、とてもじゃないけど言えません。

 ええと、蝶々の元です。

 アレです、さなぎになる前のアレです。


 いや、そりゃあ食べられると聞いた事はありますが!

 頑張れば食べられるかも知れませんが!


 がんばれば……がんばるなら……


 ……がんばれ、そうにありません。ごめんなさい。


「……シキ」

「はい?」


 にこにこと笑顔で応えてくれるシキの前で、ひたすらひきつる私。

 だって、シキの笑顔が語っているのですよ。

 気のせいかも知れませんが。


 ――断ったら、ただじゃおかないと。


「……ちょっと、あっちで食べて来っから」


 きゅ、と袋の口をしめて、そそくさと席を立ちます。

 その背中に、シキの声がとんできました。


「わかりました。待ってますね」


 待たなくて結構ですっ!


 心の中でそう叫び、私は急いで森の方に向かいました。

 後ろを振り返り、シキがいない事を確認して、もっふもっふと尻尾を振って勇気をふるいたたせます。


 念のため、ちら、と袋を開いてみると、やっぱりいもむ―― 現実でした。


「むり、絶対むりやあっ……!」


 後は森に飛び込むだけです。

 そこからはもう、全速力です。


 食べられない捨てられない、それなら答えは一つです。

 ピンチヒッター希望です。つまり、食べてくれる人を探すしかありません!

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