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豊穣の女神と飢餓の魔女  作者: 水沢 流
フクと愉快な仲間達
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イノシシとシキとフクの神

 犬達が吠える声が、夜の静寂(しじま)に響き渡る――

 シキの供をしたのは、松明を持った村人数人でした。


 闇の中に火明かりが揺れ、辺りの木々を照らし上げています。

 夜は暗く、木々は黒い輪郭だけを見せ、郷の川の水はまるで、夜を大地に流したようなぬばたまの色をしていました。


 一同が探しているのは、もちろん私のイノシシです。


「やっぱり、鍋だよなあ」

「焼くのもなかなか……」


 聞こえて来るのは、そんな会話。


 おーい、そのイノシシは私が食べる予定なんですよー。


 そんな心の声は、ぐっと飲み込んでおくことにします。

 なにせこっちはこっそりと尾行しているわけですからね、見つかったら困る!



 ちなみに、沢山の木が生える山の中でも、田畑平野に近い方。

 その辺りを中心に、捜索は行われていました。

 この郷で、こうした狩りが行われるのは珍しい事なんだとか。

 なにしろ郷に家畜はいるし、作物が不作になる事もないので、狩りに出なくても誰も困らないので。


 だからでしょうか。

 イノシシ狩りの話が郷の広場で行われた時には、男衆に順番に詰めよられましたよ。


「神様が!」

「イノシシを!」

「食べたいとおっしゃられた!」


 うん、言ったよ。

 言いましたけど、そんなに気合入れてしゃべらんでも。


「じゃあ、支度せにゃなあ」

「わたしゃ、薪でも集めようかねえ」

「鍋は、私が支度するよ」


 こちらは女衆。


 神様が肉を所望なされた! なんて言われると私は原住民の親分かと思いたくもなりますが、そこはそれ。

 美味しい肉は元気の印っ! 気にしたら負けです。きっと。


「おったどー!」


 村人の一人がそう叫んだ途端――


 ドドドドド!


 そんな荒々しい足音が聞こえ、続いて犬の吠える声が聞こえて来ました。


 ドヒュゥン! と木々の間から平地に飛び出して行くイノシシ。まさに猪突猛進。

 田畑に通じる平野を、ひとすじの矢のように駆けて行きます。

 イノシシ早い!早い!テレビ番組で見たよりも早い!そしてデカイ!


 その後を追って、白、茶、黒のワンころ三連星――シキの忠犬達が、力強く地を蹴って飛び出してきました。


 木蓮がイノシシの尻に食らいつき、イノシシが振り返ったタイミングで、その横を追い抜くように駆け抜けた椿がしなやかに身をひるがえしてイノシシの進路を塞ぐ。

 そこから等距離を取るように駆けた石楠花が足を踏ん張った時、イノシシがぐんと大きく頭を下げたのです。


 頭突きか!?


 そう思ったのは私だけではなかったのでしょう。

 口を開いた木蓮が、ひらりとイノシシから飛び下がりました。


 白、茶、黒――


 団子カラーな三頭を頂点とするデルタが、イノシシの周囲にいざ、完成!


 その三頭の犬に吠え立てられ、退路を探るイノシシが、前足で何度も地面を引っかいています。

 鼻息荒く突破口を探すイノシシに対し、犬達は怯えもしません。

 イノシシが突撃しかけると飛び下がり、後ろの犬がイノシシを噛んで注意を引きます。

 その見事なまでの連携プレーに、イノシシの方が翻弄されていました。


「あっ…」


 林から駆け出して来たのは、シキ。

 赤い紐をなびかせ、白い服をひらめかせて犬達の方に駆けよります。

 けれども完全に近づく事はせず、一定の距離を取って足を止める。

 その手に握られた弓が、出番を待つように鈍く光っていました。


 矢筒から矢を抜き出したシキが、それを弓につがえます。

 キリ…と弦を引き絞る音が、張り詰めながら夜空の中に溶けて行きました。

 ぴんと背筋を伸ばしたシキが、イノシシの動きを見つめます。


 次の瞬間、シキが矢を放ちました。


 ヒュンッ――…


 微かな、それでも甲高い音を立てて闇を貫いた矢が、イノシシへと突き刺さります。

 見事な命中率。

 顔に刺さったそれを抜こうと頭を振るイノシシに、再び矢をつがえたシキがもう一射。

 たまらず、泥まみれの大きなイノシシが、バランスを崩して倒れました。


 こうなれば後はしめたもので、犬がトドメを刺しに飛び掛り、わらわらと出てきた男衆がそれに続くだけです。


 月光を浴び、夜風に身を任せているシキの顔が清々しい美しさを帯びていましたが、私はそんな事は二の次でした。


「よっしゃ!」


 肉だー! イノシシの肉だー! 今宵は鍋じゃー!

 酒を溶いた出汁で、じっくりこっくり煮込むのがいいですね。

 味付けはもちろん薬味と塩で。添え物は何にしましょうか。

 確か人参や芋がまだあったはずですから、この際です、一緒に煮てしまいましょう。


 その昔、祖父に打ち倒されたイノシシの肉は本当に甘くて柔らかくて、いつか二度目を食べたいと思っていたのですが、再び機会が巡ってくるとは!


 神様ばんざい! 肉ばんざい!


 そんな感じで私も勝利の輪に加わろうと、一歩を踏み出して――


「……お?」


 …抜けない。


「ふ……ふんっ!」


 いかん、抜けない!


 あんまりにも、状況を見ようと枝の間に体をねじ込んでいたせいか、 抜 け な いいぃ!


「誰かああぁぁ!」


 私の声が、郷の中へとこだまして行きます。


 隠れたのに一番目立つ形で見つかるとか――尾行大作戦、大失敗でした。

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