白と茶色と黒の従者
弓を引き、矢をつがえ──野の獣を討ち倒す。
そんなものは、遠い世界のお話だと思っておりました。
「いや、そりゃスーパーでは売っとらんだろうけどさ…」
十二歳で狩りとか、アナタどちらの神ですか。
◇-◇-◇
空の青さが橙に代わり、雲が夕日色に染まって行きます。
その斜陽を浴びたカラスが鳴く中、シキが、弓を支度しておりました。
採光豊かな木床に正座し、くるりくるりと弦を巻きつけるシキ。
その弓は竹を使った伏竹弓で、しなやかな三日月形をしておりました。
ぴんと張った弦に絶妙の余裕を持たせ、きゅ、と端を留めれば完成です。
それが終わったのを確かめて、私はシキに紐を差し出しました。
紅の色に染められた、絹で作った細い縒り紐。
それに気付いたシキの顔が、嬉しさでほころんだのは気のせいではありません。
「それ、フク様とおそろいですよね」
膝をそろえ、すらりと背筋を伸ばしたシキがそう言います。
それから左手で髪を受け、右手で紐を受け取った彼女が、その指に柘植の櫛を拾い上げました。
柘植の櫛は、椿油が塗りこまれた半円の平板。
まだまだ幼いシキの髪は、その櫛を通すたびに、黒檀や黒蝶貝のような深く落ち着いたつややかさを見せてゆくのです。
――うむ。
キューティクル良し、なめらかさ最高っ!
やっぱり黒髪は日本のゆかしさでしょう。
日本じゃなくても気にしない。
もそ、と尻尾を座布団代わりにして、その場に座り込む私。
それから適当に腰を落ち着けて、私はシキに言いました。
「私の国じゃ、武運を願う時とか、恋を結ぶ時に紅の紐を使う事もあるやで」
「那、ですか?」
「うん、国。変わった場所でなあ、川一つまたぐとがらりと雰囲気が変わんねん」
ちなみに、私の言う「国」は、日の丸の国ニッポンです。
シキの思う「那」は、神々だけが住まう異郷の地。
そこはかとなく認識が行き違っていますが、どのみち行く事もないのですから、このままで構いません。
ちなみに日本は、駅の片方だけが発展する国でもあります。都会だけは例外ですが。
何のために出口両方にあるねんと、ツッコミ入れたのはきっと、私だけじゃないはずです。
「おもしろい所なんですね、フク様の那」
にこにこと笑ったシキが黒髪を持ち、くるりと紅の紐で結い上げます。
その、夜色の髪をアップにしたシキの横顔に、紐の色が映えていました。
「まあ、私の為に頑張ってくれるんやもん。これぐらいせにゃあ、罰当たるっしょ?」
「ふふ。神様に、罰をあてるものなんているんですか?」
くすくすと笑うシキ。その笑顔に和む私。
四鬼、四季、式――どの感じも似合うようで、やっぱり一番似合うのは……「シキ」。
そんな私の内心をよそに、すっくと立ち上がった彼女が、袖をたくし上げ、裾もたくし上げて、麻紐でてきぱきと結んで行きました。
おおう、なんて男らしい。むしろ漢らしい。
さながら弥生男児の様相です。凛々しいです。
いっそ、シキも神様でいいんじゃないでしょうか。
こんなパーフェクト童、そうそうお目にかかれませんから。
「行きましょう、木蓮、椿。あと、石楠花」
そんなシキの声に応じて、もさもさと堂の向こうからやって来る獣。
それはどれも、くるんと尾の巻き上がった和犬でした。
まるっこい顔につぶらな瞳、そしてふっかふかの豊かな毛並み。
総じて、愛嬌のある仕草がとても可愛らしく――
「……」
……でかいんですけど!?
どれぐらいかと言うと、シキが見えなくなるぐらいの大きさです。
秋田犬とか、あのあたりが雰囲気的に近いかも知れませんが、それより一回り、いや二回りほど大きいです。
ぶっとい足、悠々とした歩き方、そのどれをとっても生命力に満ち溢れています。
白毛が木蓮。
茶毛が椿。
そして黒毛が石楠花です。白の眉毛がチャーミング。
ともあれ、シキがきちんと面倒を見ているせいでしょうか。
彼女が歩き出すと、当たり前のように犬達がその後ろに付き従いました。
三匹を連れたシキが、森のほうへと歩いて行きます――
……え、私? もちろんついて行きますよ、犬の後をこっそりと。
だって私の食べる肉ですもの、持ち帰りぐらいは手伝わないと。