すばらしき、我がじんせい
おいしく、いただいてしまいました。
キノコを。しかも、毒キノコを。
(ざんねん わたしのじんせいは ここでおわってしまった!)
そんなナレーションを心で叫び、後は毒にあたるのを待つのみです。
さよならマイ神生、思ったより短かったね! グッバイ桃源郷。ありがとう私の郷っ!
そう覚悟を決めて、一分経過。
…五分経過。
……十分経過――
「…あれ?」
ぴーひょろろ。
空から、トンビの鳴き声が聞こえてきます。
幻聴ではありません、意識もはっきりしております。
さすが神ボディ! そんじょそこらの毒じゃ効かないってか!
その衝撃の事実に、くわッ、と開眼した私の顔が怖かったのでしょう。
一瞬だけ、シキがドン引きしました。
「フク様、どうかなさいましたか?」
「いや別に」
平常心に戻るのが早いシキでした。
それにつられて素に戻る私。
それにしてもこのキノコ――意外な事に、美味なのです。
シイタケ以上、いや、マツタケ以上かも知れません。
これで毒さえなければ、ほんと、みんなに食べさせてあげたいと思ったぐらいです。
ちなみに、種類はベニテングタケ。
別名フライアガリック、食べると幻覚を見るキノコでございます。
欲求とは言え、えらいモン食っちまった…。
あらためて、神で良かったと思った瞬間でした。
「なして、これ食わしてくれはったん?」
私に食べさせるって事は、このキノコをもういっぺん生やす必要があったのでしょう。
なにしろ私は豊穣の女神、食べたものの次世代を約束する循環の神ですから。
食べてすぐ産むとか、タイミングを見計らって産むとか、そんな産み分けだって出来ますしね。
もちろん魂的な意味ですけど。
「これ、シキ達は食わんやろ?」
「はい。こちらは干してハエトリに使うんですよ」
空になったキノコ皿を地面に下ろしながら、シキが答えてくれました。
シキいわく、このキノコを干してつるしておくと、ハエがよってきて、それを食べたハエが死ぬから便利なのだと。
ハエも、うまいもの食って死ぬならヨシ! てな具合でございましょうか。
きっと命かけてでも食べたいのでしょう。
私も人の事、いや虫の事言えませんが。
ちなみに毒成分はムッシモール、その大元になるイボテン酸が美味の素。
ちょっぴりムスカリンと言う成分も入っています、名前がなんとなくかわいいです。
…ムスカりん♪
とまあ、気になると勝手に知識が出てくるのが神頭脳クオリティ。
大変便利でございます。
「フク様、お茶を」
「ん、あんがと」
木の器になみなみと注がれた茶を受け取って、あたたかなそれを飲み干します。
少し甘く、春のほろ苦さを香らせるそれは、クマザサのお茶でした。
安くて旨くてノンカフェイン。
ご飯の味を邪魔しない軽さが良い感じ。
これで今年は、クマザサも元気に葉を広げる事でしょう。
クマザサ――白いフチのついたおしゃれな笹です。
それをつんで乾煎りすれば、お茶の材料のできあがり。
うまい! もう一杯。
「今日は、どの辺りまで進めるん?」
二杯目の茶をすすりながら、二人に質問を投げかけます。
それに答えてくれたのは、百姓の旦那の方でした。
「種芋の植え付けだすな。後は、残った大根の収穫を」
「そうやね、急がんとね」
四季の巡りは早いものでして、うっかりしていると旬を逃してしまうのです。
意外と忙しいんですよ神の郷、ビニールハウスとかありませんから、ちょっとでも時期を逃すとアウトです。
ちなみに収穫しきれなかった分は、そのまま梳き込んで肥料にしたり、動物達の食料にします。
全てが自給自足であるこの郷では、余った分を売る必要もないですから。
だから時々猿が来ます。
イノシシも来ます。
…イノシシと言えば牡丹肉。
そう思ったら、急に食べたくなりました。
「イノシシの肉ってあったっけ? シキ」
「ないですね……」
思案顔をしたシキが、そう言って少し黙り込みます。
その数秒後、ぱし、と手を叩いた彼女が明るい顔で言いました。
「獲って来ますねっ」
ちょ、え?
「獲るの!?」
「はい。弓は得意ですよ?」
にこ、と満面の笑顔を見せた彼女は、ただいま花盛りの十二歳。
――間違っても、彼女の機嫌を損ねるのはやめようと思いました。