神様のお仕事
「ほ、ほ、ほ、本気ですかフク様? いや、その決してそのお言葉をうたがっているわけではっ」
「うん、嘘は言っちょらんよ」
「あ、はい。ですが神様にそんな事を、ああでもフク様ご自身の意思ですから、ここは神託としてありがたく受け取るべきなんでしょうかっ!」
いや、そんなご大層なものじゃないですから。
神託とか言われたら、うっかり冗談も言えませんって。
ともあれ、私の目の前でどぎまぎしているシキから感じるのは感動の気配。
なんて立派な神様なんだ! 的な雰囲気がひしひしと伝わって来るのですよ。
「まあ、そう身構えんといて? 別に珍しいごっちゃねーと思うし」
神様だって働くんです、きっと見えないだけで働いてたんです。
なにしろ八百万の神様がいる国の生まれですからね、神様がひっそりお仕事してても不思議じゃない。
八百万ですよ八百万、総人口一億二千万の国に八百万。一県に一人どころか、クラスひとつにつき一人ずつ神様がオプションでつきそうな多さです。
八百万が単に多い事を示すとか、そう言うツッコミはなしの方向で!
「まあ、いいんでないの。私もわからん事あったらシキに聞くしさ、一人ぐらい、そう言う神様がいたってええやんね」
「はい。じゃあ…」
「じゃあ?」
「今からいろいろ集めて来ますので、いっしょに頑張りましょうね! フク様!」
ぐっと両手を握るシキ。その目に、やる気の光がきらめいておりました。
両腕を少し広げ、とーんと縁側を蹴ったシキが、とっ…と軽やかに土へと着地します。
ふわりと風で広がった白い袖が、その動きを追って大きく波打ちました。
少し遅れて、黒髪がさらさらと彼女の背に降ります。
「行ってきます! フク様!」
シキが大きく手を振ります。
「ん、行ってきいやー」
そう声をかけると、シキが駆け出しました。
服をひらひらと風になびかせて、彼女が遠くに消えて行きます。
「そんな、張り切らんでもなあ……」
なんだか子犬を見ている気分です。どうしましょう。かわいいです。
そう思った途端、もっさりと私の尻尾が揺れました。ええ尻尾です。もっさもさの尻尾です。
同じく、背中にはもこもこの羽も生えております。
これがデフォルトでして、羽を布団にして丸くなると毛玉になれるのです。私が。
あらためて私の姿を説明いたしますと、ふっくら体型に黒いお下げ髪、そして巫女服(これは元世界から持って来た紅白色)に羽と尻尾のオマケつきです。獣耳はありません。ちなみに、羽があっても飛べません。
郷の少し高い場所にある本堂が私の居場所でして、寝食の世話はすべてシキがしてくれます。
繕いものも炊き出しもできるパーフェクトな幼女です。当時の私とは大違い。
「今日は、どんな料理やろなあ……」
シキを待つ間、思うのは食べ物の事ばかり。
食い意地と言うなかれ、豊穣の神が食欲不振では困るのです。
まあ、さっき大根食べたばっかりですけどね!
あの大根なら何十本でもイケる。
「上手に作ったんやなあ、ほんま……」
感心しきりです。
私の知るスーパーの大根はもっとスカスカしてましたし、風味だって控えめでした。
――ああ、それにしてもいい天気です。
くるりくるりと空を舞うトンビが、細く高い声で鳴いております。
極楽浄土には少し劣りますが、緑と花の饗宴だって美しい。
例えば、畦で風にそよいでいるのは、十字の形に小さな花弁を広げたハナダイコン。
うすむらさき色の花を咲かせる菜の花の仲間で、大根が育つ場所ではこちらも良く育つのです。
大根の遠い親戚ですからね、そりゃあ花も似るってもんです。
ちなみに、この辺は元世界で兼業農家だった祖父の受け売りです。
女神としての知識に、農家の孫と言う経験値のオマケ付き。そう考えると、悪くない転生結果だったのかも知れません。
「フク様っ」
明るい声に顔を向けると、シキがいつの間にか帰って来ていました。
抱えているのは鍬、鋤、ふるい、などなど。
息を切らしている彼女の頬が、ほんのり、さくら色に染まっています。
それを一通り眺めて、私はゆっくりと立ち上がりました。
「ん、行こか」
フクの神、いっきまーす。
――畑仕事に、いざ出陣。