天帝様の望むこと
「なあ、キョウ」
日差しを避けられる木陰で、タラノキを結びつつ、隣のキョウに話しかけます。
「なぁにぃ?」
「キョウは、お役目終えたらどないするん?」
私の代で終わるかは分からんけど、もし終わったら。
そう聞きながら隣を見ると、珍しくキョウが手を止めておりました。
「そうねぇ」
空を仰ぎ、遠い目をするキョウ。
その綺麗な目元が、その瞬間だけ、ちょっと物悲しそうに見えました。
「あんまり考えた事ないわねぇ」
「そうなん?」
「考えたくないのかも。私の体なんて、もう残ってないし」
そっと、自分の体を見下ろして笑うキョウ。
「キョウ…」
なんにも、言えなくなってしまいました。
お役目が終われば、私は元の世界へ帰ります。
時間の流れが違う別世界だから、ちゃんと残っている体に戻れる事確定です。
でも、元々この世界にいたキョウは――
「キョウ…」
「やぁねぇ、暗い顔しないでちょうだい。キョウになれなかったら、私、フクと出会えなかったんだからぁ」
細い指先で紐を結び終え、くすくすと笑うキョウ。
「歴代のフクで、そんな事気にしたのは今のフクだけよぅ。後は、何百年も生きられるって事を喜んで、お役目が終わるまで楽しく神様やってたわぁ」
「ヨミやナギも?」
「ヨミ様やナギ様は別格ねー、天帝様が直接作り出した神様だから」
「へー」
初耳です。
まあ、聞かなかった私も私ですが。
「天帝様がね、この地に人を根付かせるぞって決められたのよ。それで、自分の欠片からナギ様やヨミ様を作る一方で、人の側から元々人である私やフクを選んだの。一緒に、郷を発展させるように、って。神の視点と人の視点、どっちも必要だからって」
「そうなんか…」
「そう。で、今までのフクは色々と成果を上げて、みんな帰って行ったのよねぇ。私はどうしたらいいかわからないから、フクにぜーんぶお任せしてたんだけどぉ…」
そこまで言って、なぜか私をじっと見るキョウ。
何かあったのでしょうか、と首を傾げていると、いきなりがばっと抱きしめられました。
しかも全力で。
「いやあん、やっぱり初々しいー!」
「き、きききキョウ!?」
「中身変わるたびに、新鮮なフクに出会えるんだもの。あーもう、本当に神様になって良かったわぁ!」
新鮮とか、どっかの生野菜ですか私は!
そうツッコミ入れても、全く動じないキョウ。大物過ぎます。
…でも。
「私も、キョウに会えて良かったかも知れん」
そのほっそい背中をぺふぺふと叩いて、ぽそりと、そんな感想を。
常に前向きなキョウといると、ちっぽけな悩みなんて消えてしまいそうになるんですよ。
お役目を終えたら、もう会う事もないのかな、と思うと少し寂しくなるぐらい。
それでも、元の世界には戻りたいのですけどね。
やっぱりまだまだ、人生楽しみたいですし。
「キョウ」
「なぁにぃ?」
「木苺、摘みに行こか」
「いいわよぅ」
ぱ、と私から離れて微笑むキョウに、にっこりと笑い返します。
上を見れば、突き抜けるような青い空。
今日は、暑くなりそうだなと思いました。