月光
「三年物が、一番でっかいなあ」
「それぐらいが、丁度いいんですよねえ」
仲良く向かい合って芋をむきながら、しみじみと会話する私とナギ。
ちなみに生芋の破壊力はやっぱり高くて、素手で触ると痛いことかゆいこと。
ヨミは早々に離脱。シキとキョウはゆでたり干したりする係。
結果、ナギと一緒に芋をむく事になりました。なぜか真夜中に。
「三年目か…」
最初に、祖父から届いた芋のヒントを思い浮かべながら、しみじみと納得する私。
植えて引っこ抜いてを三年ぐらい繰り返すといい感じだよ、と言う意味だったのでしょう。多分。
「よし、一個あがりー」
かゆくなった手を酢に突っ込んでしばらく待ち、また芋むき作業に戻ります。
同じく酢水のお世話になったナギが、新しい芋を手に取りました。
「フクは賢いですね」
「だてに痛い目見とらんから」
初日で芋に殺されそうになりましたし!
この痛痒さはあれですよ、山芋の奴に似ているのですよ。だから酢水に手を突っ込みながらやると少しはマシかなと思いましたら、案の定、大正解でした。
それにしても。
「…お化け芋や」
コンニャク芋、全くおいしそうに見えません。
黒いし変な形だし、よくこんな物を食べようと昔の人は思い立ったものです。私もですが。
「完成品も、ほんっと芋っぽくない味しとるしな」
「どんなですか?」
「…海草味で、食感がすじ肉?」
笑わんで下さい、ナギ。他に例えが思いつかないのです!
「それが…美味しい具になると」
「なるの。まあ、食うてみてからのお楽しみや」
最後の一個を鍋に放り込んで、ふう、と息をつく私。
途端に、ふわりと外から清涼な風が吹き込んで来ました。
自然のものとは、少し違う風です。
「…ヨミ」
真っ先に逃げ出した分際で、終わったら戻って来るとかずるいですね。
そんな思いでちょっとだけヨミを睨むと、ヨミが窓の外を振り仰ぎました。
「雲を払って来た。…月が見える」
「月?」
「そうですね…」
怪訝そうな私の隣で、なぜか笑ったのはナギの方。
そのまま立ち上がり、ふっと両手に息を吹きかけたナギが、私の手を取りました。
途端に、すうっと消えて行く痒み。木霊になりかけているとは言え、まだまだ神様だからなのでしょうか。あるいは、植物を統べる立場になったからかも知れませんが。
「行きましょう、フク。素敵なものが見れますよ」
「素敵なもの?」
鸚鵡返しに問う私に、こくりとうなずくナギ。
その隣でびしばし私に睨みをくれているヨミに内心おののきながら、私はナギに手を引かれて縁側へと歩き出しました。
そして。
「…わあ」
思わず感嘆の声が出ました。
空に真円を描く月が、光を郷に届けていたのです。
青く白く、冴え冴えと空に輝くそれが、郷の輪郭をくっきりと照らし上げています。
それは、一枚の絵画が、そこに誕生したような光景でした。
「まだ見せたいものがあるんですよ。来て下さい、フク」
「え? は、はい」
誇らしげな顔のナギに手を引かれ、再び廊下を歩く私。
普段はぼんやりとしているナギの後ろ姿が、その瞬間だけ、少し凛々しく見えました。
そうして、ナギが私を連れて入った部屋の中央。
机の上、枝が挿された白い器の水が、うすぼんやりと光っておりました。
「何や、これ…」
「綺麗でしょう?」
「…うん」
綺麗です。
器の水面が、淡青色に光っている様子は、むしろ幻想的なほど。
月光よりも、もっと澄んだ、神秘的な宝石のような――青。
「アオダモの枝を挿してあるからですよ。ヨミと…良く採りに行きましてね」
「ヨミと…?」
「ええ。二人で共に神になろうと、枝を挿しながら約束したのですよ。…昔の話です」
柔和に微笑むナギが、ふわりと縁側を振り仰ぎます。
そこには、逆光のせいで表情がわからないヨミが、静かにうつむきながら佇んでいました。




