ヨミの訪問
コンコン、と言うノックの音。
「開いとるよー?」
蔵の外へと声をかけ、ぺふぺふとほこりを払います。
出来立ての蔵は大変美しく、その一角だけが大変な事になっておりました。
ザ・カビワールド。先人は偉いですね。
現在、私、麹育てに悪戦苦闘中しておりますが。
「フク」
「のうわ!?」
ノックしたなら扉を開けて入って来て下さい! と思って後ろを見ると、ヨミがそこにおりました。
相変わらずの鉄面皮です。薄暗い蔵の中でも、月光の明るさを纏っていらっしゃいますが。
「話がある」
「…話?」
カビについてですか? と色とりどりのそれを指し示すと、冷ややかに睨まれました。
相変わらず冗談が通じないお人ですね、そんなのじゃ神生損しますよ。
「ちょいと待っとって、今扉開けたらカビが外に溢れかねないからってちょちょちょ!?」
一段高くなる視界。姫だっこされていると気付いたのはそれから。
さりげなく翼をもふもふされているのは気のせいでしょうか! 兄弟そろって毛皮マニアですか!?
「あの、ちょっと、だからそのっ…」
降ろして下さい! の声が出てきません。
ええとええと、こう言う時は何て言うんでしたっけ! 家事だ、じゃない、痴漢、じゃない、
「さらわれるーっ!」
「誰がさらうか!」
落とされました。
◇-◇-◇
「普通、物事は会話から入る物なんですよ」
「言葉が通じると思わなかったものでな」
いや、いちおう会話できる生き物ですから私…。
本堂に移動し、ちょこんとヨミと向かい合って、なんとなく肩を丸めてみます。
翼にはナギの時と同じような良い香りが。どうやら、兄弟揃って纏っている香のようです。
「で、嫌味言いに来はったん?」
「いや…」
あれ? 違った?
「じゃあ何しに?」
「だから……その」
「その?」
「…察しろ!」
睨まんでください!
「会話できる生き物なんだから、言葉で言うて! 言わなくてもわかるとか言う亭主関白みたいなのは私にゃわからんのですからとにかく言葉で! ランゲージ!」
さりげなく部屋の隅に退避しながら、それでも床をばっしばっしと叩いて主張する私。
そんな私に、ヨミが何かを投げてよこしました。慌ててキャッチ。そしてオープン。
「菓子…?」
どう言う風の吹き回しですか、毒入りですかと警戒しまくる私を、ヨミがじっと見つめています。
「受け取ったな」
「…うん、まあ。勢いで」
「なら良いだろう。兄上のために、こちらからも手を貸す。それは代金だと思え」
私の価値は菓子ですか…。でも食べますよ、後でお茶でも入れてから。
「ヨミってさあ」
「何だ」
「ナギが木霊になるのの何が嫌なん? 別に木霊になっても死んじまうわけじゃないっしょ?」
そう聞くと、なぜかヨミが下を向きました。
そして沈黙。私、また何か地雷踏みましたでしょうか…。
「…ヨミ?」
戴いた菓子を抱えつつ、そろりと近づく私。それからヨミの顔を覗き込もうとすると、ヨミが不意に話し出しました。
「兄上とは…ずっと共にいたいんだ…」
「うんうん。で?」
「兄上が木霊になってしまったら、その…会えなくはないが…その…」
そこでまた黙るヨミ。人を抱える時はためらわないくせに、煮え切らない男ですね。
「その、何や。言わんとわからんわ」
「その…生きる道が……違ってしまうではないか!」
死刑宣告されたような悲痛な声で、言葉を搾り出すヨミ。
え? もしかしてずっとそれ悩んでたの? と唖然とする私。
「…ブラコン?」
「意味はわからんが、侮蔑の意と受け取っておく!」
綺麗な面差しに涙まで浮かべて、キッと私を睨むヨミ。
「…さよか」
そう言う事か。
無表情の冷酷男は、ただの寂しがりやさんだったわけですね。




