ナギとヨミ
「兄上、そろそろ行かないと…」
「まあ、そう言わないで下さいよ。なかなか楽しいですよ、ほら」
私を前にして、片膝をついた美男子がにこにこと笑っております。
私の周りには、例の布。
ふわふわひらひらと揺れるそれに囲まれている私の羽が、そよそよと吹く風にそよいでおりました。乾かされ中です。
年上年下、どちらも、白い服に赤い紐と言う和装で、年下が兄と呼ぶからには、おそらく兄弟なのでしょう。
その兄が、なぜか私を乾かしているのです。
しかも、背景に蓮の花でも咲きそうなとびきりの笑顔で。
「兄上、いい加減にして下さい。また近習達に嘆かれますよ、ナギはこれだからって」
「いいじゃないですか、私は困りませんし。ほら、見て下さいヨミ。ふっかふかですよ」
確かに、ふっかふかになりました。
柔軟剤顔負けの仕上がりです。羽毛がやわらかいです。
自分でもびっくりなぐらい、良い匂いまでしています。
兄――ナギと呼ばれた方は、長い黒髪の持ち主です。
すっきりと整った目鼻立ち、黒檀のような深い夜色の瞳は、こう、和歌でも詠んでいそうな文人風。顔つきも物腰も穏やかさ全開。
男にしては長い指先とか、まるで芸術のような仕上がりです。
そんな男が満面の笑顔で私を乾かしているのですから、私も何が何だかわかりません。
弟――ヨミと呼ばれた方は、雪のような真っ白い短髪の持ち主です。
どこか気の強そうな顔立ちで、目は藍玉を溶かし込んだような色。ナギに比べると頭一つ分小さいのですが、それにも関わらず妙に存在感があるのはその全身から放たれる俺様オーラのせいなのでしょうか。
とにかく、兄弟なのに似ておりません。
いや容姿端麗なのは似ているので、義兄弟とかかも知れません。
「ありがとうございました」
乾いた羽の感触を確めて、ぺこ、と頭を下げる私。
それを見計らったかのように、するりと浮き布がナギの方へと戻って行きました。
材質不明の、真珠色の布。
純白のオーロラとでも申しましょうか、月光を紡いだ銀糸とでも申しましょうか、とにかく不思議な布でした。
風も出てたし。
「だから言ったじゃないですか、兄上。期待する方が間違ってるって」
「いいんですよ。ヨミが座についた方が皆もよろこぶでしょうから」
「またそうやって、すぐ他人事のように言う!」
そうヨミが叫んだ瞬間、ぶわっと風が吹きました。ヨミの布から。
「のわっ!?」
再び、ころりんと泉にリターンしそうになる私。
あああ危ないじゃないですか。何するんですか、ヨミ。
「ほら、ヨミ。だめですよ、せっかく乾かしたのにまた濡れてしまう」
「兄上、気になるのはそっちなんですか……」
複雑な表情のヨミが、ぐっと眉間にしわを寄せます。
さすが美人。それでも絵になるのがすごい。
それでもナギの方は、ヨミをこれ以上怒らせるとまずいと思ったのか、すっと立ち上がって私に言いました。
「それでは、また。郷をお願いしますね、フク」
ひゅるんと消える二人。風のように去りぬ。
「……ん?」
ちょっと遅れて気づきました。
私、名乗った覚えないんですが……?