森のあの子にご用心
想像してみて下さい。
太陽と水に恵まれた大地。
滋味溢れる肉と野菜がいただける郷で、デザートにアレが出てきた時の事を!
「むり、むりだって! 堪忍やーっ!」
森の中に、私の涙声が響き渡りました。
しっかりと手に握りしめた袋の中にはアレ、つまり畑の害虫がいるのです。
チラっとしか見ていませんが、間違いないです。芋虫です。
いやその、確かに、大きくなったら花粉も運んでくれるのでしょう。
ひらひらと優雅に舞って、人の目を楽しませてもくれるのでしょう。
お魚からしたら、うっかり釣られちゃうぐらい美味しいのでしょう。
そう、私は神。新世界の神になったのです。
神話の獣が太陽を飲み込むように、好き嫌いせずに野菜から肉から、果ては虫まで――
「食えるかーっ!」
どんな無茶振りな運命ですか。元・女子高生の食べるもんじゃないです。
例え栄養があろうと毒がなかろうと、見た目だけでアウトです。
私は半泣きになりながら、森の中をどこかに向かっていました。
どこに向かっているかって? 私にもサッパリわかりません。
――迷って、ますから。
「…うう」
疲れない体も、こんな時ばかりは恨めしいです。
迷いに迷った私がたどりついたのは、大きな祠の前でした。
それも、やったら寂れた祠です。
なんか、きちゃない札とか貼られちゃってますし。
「……」
くるり、Uターン。
触るな危険、とにかく危険、と私のカンが告げております。
さ、退散退散。
私、ホラー嫌いなんですよね…。
なんまんだぶ。
そう心の中で唱え、そそくさと立ち去ろうとした時でした。
「美味しそうねえ……」
甘ったるい声が、急に上から降って来ました。
――上っ!?
ぎょっとして見上げた私に見えたのは!
「ぎゃーっ!?」
きゃぁー♪ なんてカワイイ悲鳴あげる気分じゃありませんでした。
よくよく見れば、枝に両足をかけて、こうもりのように下がっている美人さんが!
きゅっと締まったウエスト。
血のような赤い唇。
爛々と輝く目――
……怖いです。
間違いありません、あれは狩猟者の目です! 食われます! 私が!
「食べていい?」
「あきまへんっ!」
即答でした。
あら、とか残念そうな声が聞こえましたが、私は食べられる気なんてありません。
狙うなら別の人を……とふるふる縮こまっていると、ひょいと手元から袋がさらわれました。
例の芋虫入りの袋です。
お菓子でも入っているように見えたのでしょうか…。
「だめ…?」
「いえ」
どうぞどうぞ、それでしたらいくらでも。
いや、その前に取ってから聞くもんでもない気がしますが……
「それだったら、別に構いませんので」
「ありがとー」
相変わらずけだるげな、どこか間延びした甘い声。
そして私の見ている前で、その人は迷わず、袋の口を開けて中身を――
「……」
ぺろりと行きましたね、今。
「お、美味しい…?」
「んー? 食べられりゃ贅沢は言わないわよぅ、何だってぇ」
何てこった、気付かなかった。
こんな所に味方がいたなんて!
「じゃ、じゃあさ。私が食べられんものあったら、持ってきても!?」
「いいわよぉ? 待ってるからぁ」
グッジョブ見知らぬ誰か!
「わかった! じゃあそうするね!」
空の袋を返してもらって、一目散に来た道を戻る私。
――そのとき私は知らなかったのです。
豊穣の女神と、対になる飢餓の魔女の存在を。