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それは寒い冬の日。いつものように畑仕事を開始した『大きいヒト』は、雪の中でたった一人特製のクワで広い田畑を耕していた。一緒に働く『小さいヒト』はまだ寝ていた。
こういう寒い時期にはいつもの事なのだが、最近は昼になってようやく畑に来るようになった気がしている。いや、それは気のせいだと『大きいヒト』は自分に言った。
それではまるで仲間が怠けていると言わんばかりではないかと、そんな事は仲間に対して失礼にも程がある考えだと、数回強く自分の顔をばんばんと音を立てて殴った。
痛みなど無い。自分は武器だ。兵器だ。痛みなどありえない。
ただ、こうするとたるんでいた気持ちがぐっと引き締まるのだと、ずっと昔に共に働いていた一人の『小さいヒト』が言ったから、同じ事をしていたから、それを真似ているだけだ。
しかしこうしていると、どうでもいい、どうにもならない事ばかり考えてしまう。
かつては有り余っていたという鉄やら鋼やら、その時代に手に入れる事ができたありとあらゆる金属を使って、なおかつ緻密な計算と技術を集めて創られた、この巨大で強固な身体。
その動き方や姿形は『小さいヒト』と変わらない。同じように腕や足が曲がって動く。
けれど中身は別物だから。彼らのように暑くたぎった体液はどこにも無く、からっぽな身体の中でのた打ち回りうごめくのは彼らの胴体よりも太い配線。
見た目は同じ、けれど中身は別物。
別のイキモノなのだ。
――いや、違う。見た目などどうでもいいのだ。我らは仲間。これまでもこれからも共に生きるかけがえの無い大切な仲間。それの何に、どこに不満があるというのだ、わたしよ。
大きな音で呟く。そうだとも何をそんなに求めるのか。今以上などあるのか。
不満なのか。今いる仲間がそんなにも煩わしいのか。
必要ないのか、一人がいいのか。何度も叱責するとくだらない考えは消えた。
――さぁ、今日も働こう。
自分を叱りつけて、『大きいヒト』は大きくクワを振り上げる。冬の土は中の水分が凍ってしまっているのだろうか、とても硬くて柔らかくするのに時間がかかる。何度も何度も、力いっぱいニクワを振り上げては、思い切りそれを振り下ろす。
そのたびに集落がかすかに揺れる。そして一人の『小さいヒト』が外へ出てくる。
少し静かにしてくれ、と困り顔で言われた。いや、怒鳴られた。
最後にもう一度、静かにしろと吐き捨てるように言って『小さいヒト』は家の中へ。
ぽつん、と残された『大きいヒト』。言われた通りに今度は優しく、丁寧に、なるべく音を立てないように土を耕した。そそくさと家の中に入っていった『小さいヒト』は、結局今日もお昼過ぎになって温かくなるまで一人も出て来る事は無かった。
思えば自分はいつも一人だ。ここ最近はずっと一人だ。昔は談笑しながら作業するのが当たり前だったような。けれど最近、誰かと話したという記憶が『大きいヒト』には無かった。
どうしてだろうと考える。何かが変だとも感じる。
ただ与えられた畑を耕すという仕事を、役割を果たしていただけなのに。失敗しているわけでもないだろうし、今日みたいな事もそんなにあるわけではない。
何かがおかしいと思う。思うのだけれども『大きいヒト』はどこがおかしいのか、何をおかしいと感じたのかがわからない。必死に記憶を逆に回す、回し続ける。
けれども手がかりさえ見つからなかった。はたして自分が何を疑問に思ったのだろう。
それに気付いたら壊れてしまう気がしていた。
何かが。壊れてしまう。
そんな予感が在った。