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 草原に春が来ていた。あちらこちらに花が咲き乱れ、娘達は少し遠くの花畑に薬草を採りに行きたいといい、畑仕事の合間に『大きいヒト』を誘って出かけていた。

 娘達を肩に乗せ、『大きいヒト』はぐんぐんと進む。

 かつて彼らが暮らしていた別の草原にはたくさん薬草が生えていて、しかし神を探すたびのために離れてしまったと娘達は言った。山を二つほど越えると『大きいヒト』と、その肩に乗った娘の目に花が咲き乱れた広い野原が飛び込んできた。

 この地で暮らしていたのか娘達の祖母が、まだ娘だった頃の話になる。だから誰一人として見た事が無い目的地だったが、ひと目見た瞬間にこの地がそうなのだと誰もが思った。

 さっそく野原に降り立った娘達は、薬草を取りつつ花を手折り、髪飾りにして見たり編んで冠を作ったりしていた。そんな光景を『大きいヒト』は満足そうに眺めていた。

 帰るのはお昼過ぎにお弁当を食べてから。しばらくしてから娘の一人がそう言い、それまではのんびりと作業をしつつ遊ぶ事になったようだった。

 反対する娘はおらず、『大きいヒト』にも反対する理由は無いため、それを了承した。

 こうして久方ぶりにのんびりとした時間を過ごす。

 ――この時代はなんと穏やかな事か。あの醜い争いも無く、けれど寂しくも無い。全てが足りないという事も無く、在りすぎるという事もなく。あぁ、此処は美しく整えられた世界だ。

 そして『大きいヒト』は語りだす。

 ずっと考えていた、記憶していた忌まわしい過去の一片を。

 彼らと会う前までの記憶だが、実はその大半が判読不能なほどに破損している、と『大きいヒト』は言った。わずかに覚えているのは赤色。自らが壊した命が流した真っ赤な体液。

 命令に従ってどれほどの命を散らせたか、『大きいヒト』は覚えていない。今となれば記憶していなくてよかったと思えるのだが、それでも時折、忘れてしまった事を悔いる事もあった。

 そのどちらも本心。過去を忘れてよかったと思う心、忘れてしまった事を悔いる心。どちらともが『大きいヒト』にとっての過去に関わるモノ全てであり、優劣など決められぬのだ。

 かつて数多の命で真紅に染まった手を見つめながら、『大きいヒト』は呟く。

 ――確かに過去は滅んでしまった。たくさんの命が消えた。世界は『繁栄』から遠ざかってしまったし、文明や技術など見る影も無い。だが、だかしかし、それでもこの世界はこんなにも温かく満たされている。あの時代は、この世界に至るための犠牲だったのかも知れぬ。

 それから今の自分を考える。たくさんの『小さいヒト』に混じって畑を耕し、なれぬ手つきで野菜などを収穫する。毎日が似たようなスケジュールで動き、けれど飽きる事は無い。

 同じ『変わらない日々』でも昔とは違う、と『大きいヒト』は言う。

 ――田畑での作業は心地よい。同じ事を繰り返すのも、まったく苦ではない。自分にそんな感覚が備わっていた事など知らなかった。今、初めて創ってくれた何者かにわたしは感謝する。

 とても嬉しそうな声で『大きいヒト』は笑った。その姿があまりにも嬉しそうで、とても幸せそうだったものだから、つられるようにして娘も笑った。

 あぁ、こんな日々がもっと続けばいい。

 ぼんやりと『大きいヒト』は思っていた。

 思いながら、当然これからも続くものだと信じていた。

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