アバター・ラブ
『個人的に話しかけて良いですか』
・・・またか。
たまたま入ったチャット。女と見れば個人メッセージが飛んでくるのはいつもの事。
入って数分。メッセージはもう3通目だ。
只でさえオープンではログが流れて、読むのも面倒だった。
大した話をしていた訳じゃない。
だからたまたま返事しただけ。
『良いも悪いももう話しかけてるじゃない』
『そうですね』
妙に丁寧なメッセージに少し興味が沸いた。
『何を話すの?』
『何でも・・・貴方の好きなことで』
『じゃあ日本経済について』
こんなチャットでそんなことを話す奴いるわけないから、わざとふざけてみる。
『良いですよ。貴方が話したいなら』
『興味ない』
『やっぱりね』
文字が流れているだけだから、相手がどんな顔して返してるかなんてわからない。
真面目なのか、笑っているのか。
『いくつですか?』
チャットの常套句。いくつ?どこに住んでるの?
・・・そんなものいくらでも嘘つけるのに、聞いてどうするんだろう。
チャット暦1年。初対面の人間と話すのは結構面倒になって来ている。
『いくつに見える?』
『見えないからわかりません』
・・・その通りね。
どう作ってもかわいいアバターじゃその向こうにいる人間なんてわからない。
『俺21です』
『若っ』
『ってことはお姉さんですね。こんなガキで良いですか』
『話すのにガキが駄目な理由がわからないわ』
『ガキは嫌いって言われることよくありますよ』
『チャットでもなけりゃ君みたいな年のこと話すこともないわ』
・・・それが面白いのにね。
この世界でなら、どこに住んでいようとどんなに年が違おうと同じように話せる。
『玲さん良い人ですね』
ほら、甘い甘い。
『そうやってすぐ良い人だなんて思うからガキなのね』
『玲さんきっつ~ww』
レスの速さが良かった。あたしのタイピングに即レスが入る。
会話が続く感覚も心地よかった。
ケイと名乗る21歳だという男の子とのチャットは時間が早く過ぎた。
・・・たわいもない内容なのに。
『明日も俺、ここにいますから』
深夜2時。そう言ってケイは落ちた。
『玲さーん』
それから2ヶ月。
あたしがチャットルームに入る度、ケイは個人メッセージを送ってきた。
なんだか子犬に懐かれた様な気分。
オープンで以前から話す仲間といる時も、あたしは個人メッセージでケイと話す。
2窓位ならレスが落ちることはない。
大学生であるケイの学校の話や、趣味でやってるサイトの話。
理系大学にいるというケイは、自分が作ったというゲームに載せる音楽を聞いて欲しいと送ってきたこともあった。
・・・結構良い感性してるじゃんと偉そうにメッセージしてみたり。
PCも自己流でゲームも殆どしないあたしのメッセージを、ケイはものすごく喜んだ。
・・・そんなある日。
『俺今月誕生日なんですよ』
『へえ。それはおめでとう』
『祝ってくださいよ』
『今祝ったじゃん』
『いや・・・リアルで』
『なにケーキに蝋燭立てて欲しいの?22本』
『ケーキは要りませんよ。飲み行きましょう』
『かわいい同年代の子に祝ってもらいなさいw』
その頃にはあたしの年齢も、お互いが会えない距離ではないこともケイは知っていた。
年齢ごまかしてケイと繋がっていたいほど、あたしはこの出会いに拘ってはいない。
・・・何も10も年上の女に祝ってもらわなくても。
さすがにそれは自虐的過ぎて打ち込めなかったけど。
『玲さんに祝って欲しいんですって』
『それは何かのいじめ?w』
『何でいじめなんですか?』
『君の若さを再認識する儀式かなんか?』
『・・・そうやって玲さんはいつも俺なんかよりすっと大人だって見せびらかす』
だって、本当のことじゃない。
君があたしより10歳も年下だって。それも誕生日を迎えてやっと。
『大人だも~ん』
『はいはい。じゃあ大人な玲さんで良いから祝ってください』
『仕方ないなぁ。じゃあ大人なお祝いしてやる』
『やったね。約束しましたよ』
・・・大人なお祝いってなんだろう。
自分でも良くわからないのだけど。
・・・今時の22歳ってこんな感じなの?
他の22歳を知らないから良くわからないし、比べようがない。
待ち合わせ場所で教えあった携帯を鳴らして見つけたケイは思ったより背が高かった。
細身のカーゴパンツに、ジャケット、ブーツ。結構おしゃれなんだなと思ってしまうのは年代の差、か?
175・・・くらいかな。
仕事帰りで5センチヒールを履いたあたしよりも10センチくらい高い。
「何となく小柄で可愛いイメージだったんだけどな」
そう言うと、ケイは笑いながらいった。
「アバターのイメージで考えすぎですよ」
・・・なるほど。3頭身のアバターじゃ小さくて可愛いよね。
「でも、玲さんはアバターそのままです」
いや・・・あんなに可愛くないから。
「いえ、はっきり言いそうな感じがそのまま」
「それ、褒めてないよね」
「あ。すいません」
「やっぱ褒めてないんじゃん」
交わす台詞は3頭身の可愛いアバターが出す吹き出しじゃないけど、内容はそのままで。
だから初めましても初めてじゃない気がした。
違うのはそれを吐く相手が笑っているという事。
それだけは文字ではわからない事。
「さて、飲みに行くか。お誕生日のお祝いに」
「あ。ケーキは要りませんからねっ」
慌てたようにケイが言う。
会うと決まってから何度もケーキはやめて欲しいと言われていた。
「そう言われるとわざと蝋燭立ててやりたくなる」
「全く・・・どこが大人なんだか・・・」
やれやれ。きっとアバターのケイならその動きをしたに違いない。
「ん?なんて?」
「何でもありませんっ。ほら行きましょう」
ああ。こいつ弄るの面白い。
あたしはそう思いながら歩き出した。
・・・22歳はめっぽうお酒が強かった。
大人のお祝いだからと選んだ個室風の居酒屋。
最初はビールで乾杯して、その後は白のワインが良いと言って。
・・・何杯目だ?
「強いんだね」
思わずそういうあたしにケイはにっこり笑って言った。
「まあ、それなりに。でも、結構まわってますよ」
そういいながら淡々と飲み続けるケイ。十分強いと思いますけど。
「お姉さまに負けちゃいけませんから」
「・・・お姉さま、ねぇ」
あたしは自分のグラスに口をつけながら呟く。
それを見てケイは少し首をかしげて。
「なんだか含みのある言い方ですね」
「ん~。君からしたら32なんておばさんじゃないかなぁって」
そう言うとケイは少し驚いたような表情をして見せた。
「年なんて人によって感じ方が違うでしょう」
「そう?」
「そりゃ俺だっていきなり32歳って言われたら、うわ大人だなって思いますけどね」
テーブル挟んで向かい側にいるケイが言葉を選んでいるのを感じる。
その真面目な目線に良い子だな・・・と思う。
「でも玲さんは結構話してから年教えてくれたし」
「別に隠してたわけじゃないわ」
「わかってますよ。だから玲さんは玲さんであって、年とか俺の中では関係ないんです。逆にね」
テーブルの上に両手握るように組んでその上に顎を置きながらケイはあたしを覗き込んだ。
「玲さんは俺が10歳年下だってわかってても普通に話してくれたじゃないですか」
「だって年なんて関係なくて話して楽しいかどうかだもの」
そう。あたし楽しかったんだ。
最初は本当に子犬にじゃれてる気持ちだったけど。
「俺も同じですよ。たまたま玲さんが年上だっただけ」
「たまたまと言うには年上過ぎだよね」
あたしも酔いが回ったな。自分で言いながら思う。
・・・悪い癖だ。
自分が傷つかないように、先回りしてショックを受けないように保険をかけるのは。
ケイが困ったような顔をして呟く。
「何でそんな事言うのかなぁ。そんな風に言われたら俺もっと頑張らなきゃいけなくなるでしょ」
・・・え?
あたしは意味が飲み込めずにケイを見つめる。
「頑張る?」
「俺がどれだけ頑張ったら、玲さんは俺を年で判断しなくなってくれるんですか」
ああ・・・そうか。
年を気にしていたのはケイじゃなくてあたしだったんだ。
「・・・ごめん」
「ごめんってどういう意味です?」
「え・・・だから」
「謝るって事は、俺のこと今までガキだとしか思ってなかったって事ですよね」
「え・・いや・・・あの・・・ごめん」
ケイの傷ついたと言う色がありありと浮かぶ目に、あたしは思わず下を向いてしまった。
・・・と。
「ああ。もう」
くくくっ。ケイがこらえきれずに笑い声を漏らした。
そしてあたしの隣に回りこむとあたしの顔を下から覗き込んだ。
「そんな顔しないでくださいよ」
「だって」
「あのね」
・・・ふわり。
急に視界が遮られて、ケイの腕であたしの頭を抱え込まれた。
「・・・俺、惚れっぽいんですよ」
ケイの胸の中はなんだか甘い香りがして、だけど男の子の匂いでもなく。
リアルにケイは存在するんだと、あたしは馬鹿なことを考える。
「文字だけじゃなくて、表情でも俺を惚れ直させる気なんですか」
そして。
アバターじゃない証拠にケイの柔らかい唇があたしの唇に重なった・・・。
そして。
今日もあたしは3頭身の可愛い女の子になって、ケイに会いに行く。
『今度はケーキ食べようね』
『嫌ですよ』
『何でよ。ケーキ苦手?』
『・・・大好きですよ』
『じゃあ今度はケーキね』
『・・・蝋燭立てる気でしょう?』
『当然』
『全くしょうがないなぁ』
『誕生日のお祝いのやり直しだもん』
『プレゼントは貰いましたよ』
『・・・プレゼントって何』
『玲さんの・・・』
うわーそれ以上は言わないでっ。
『蝋燭ふーってしてないでしょっ』
『じゃあ・・・』
あたしはその次の文字を見てウソォ~~~~と叫んだ。
『蝋燭は20本でお願いします』
・・・や、やられたっ。