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プラスチック・セレブのタダ活人生

作者: 熾星
掲載日:2026/06/08

 

 プロローグ

 私の従姉妹の沙織は、重度の「SNS見栄っ張り症候群」、いわゆる承認欲求モンスターだ。

 ネイルサロン、高級ヘアサロン、ヴィンテージハイブランド、フリーカメラマンの撮影依頼……隙さえあれば、彼女はすべて「タダ活」と称して踏み倒す。

 地元の商店街にある八百屋にネギを買いに行けば、小銭がないと嘘をつき、80歳の腰の曲がったお爺さんから380円の京大根やネギをひったくるようにして逃げ去る。

 銀座の高級ジュエリー店では、10カラットのオーダーメイドリングを見せろと要求し、受付の女性を散々こき使った挙句、VIP向けの高級チョコレートやシャンパンを平らげ、最後はトイレに行くフリをしてそのままバックレる。

 代官山のセレクトショップでは、数十着もの服を一度に試着し、スタッフ全員に何百枚もの写真を撮らせた。そして会計時に「やばい!駐禁の取締員が来ちゃった!私のロールスロイス、時間制限の駐車スペースに停めてるの!」と車を移動させるフリをして、二度と戻らない。

 彼女のInstagramには、いつでも「六本木のお嬢様」「港区の準セレブ」のきらびやかな設定が並んでいるが、裏では目も当てられないような卑劣なセコ活ばかりを繰り返している。

 親戚一同が「少しはセコい真似をやめて、徳を積みなさい」と諫めても、彼女は開き直って反論する。 「はぁ? 私は自分の美貌と実力で、相手に自発的にタダにさせてるの。あんたたちに何の関係があるわけ!?」

 その後、彼女は違法なヤミ金の借金まみれになり、泣き叫びながら電話で私に助けを求めてきた。 私はスマホを握りしめて笑った。 「沙織お姉さん、自分の実力でそこまで落ちぶれたんだから、私には何の関係もないじゃない?」

 1

「嘘でしょ……『バックレ女』、絶対また無実のカメラマンをカモにしたわね」 「でもマジで、この加工技術はもはや顔面捏造レベル。80キロのぽっちゃり体型を、よくもまあ50キロの九頭身に修整できたもんだわ。こんな天才、よく沙織は見つけてきたね」

 従姉妹の沙織のInstagramがまた更新された。相変わらずのブレない9枚投稿だ。 背景は京都の古い寺院。 画面の中の沙織は、目の飛び出るような価格のシルクの高級振袖を身にまとい、洗練された歌舞伎町風のメイクを施し、石の欄干に少し寄りかかりながら、遠くの紅葉を眺めている。 キャプションにはこうあった。 『都会の喧騒の中で、心の静寂を見つける。#着物女子 #セレブの日常』

 私ともう二人の従妹はグループLINEで猛烈に突っ込みを入れつつ、心の中でこの着物レンタル店とカメラマンに深く同情していた。 理由は他でもない。私の従姉妹である沙織は、親戚界隈で悪名高き「タダ活魔」だからだ。 ネイル、サロン、高級アクセサリー、フリーカメラマンの撮影依頼……隙さえあれば、彼女は絶対に一銭も払わない。

 この歪んだ習慣は、おそらく彼女が小学生の頃から始まった。 沙織の家はごく普通で、伯父は軽トラックの運転手、伯母は専業主婦だった。幼い頃から伯母に「節約こそ正義」という極端な観念を植え付けられていたのだ。 ある時、沙織はずっと貯めていたお小遣いを持って、学校の前の駄菓子屋へ、当時女の子たちの間で流行っていたラベンダーのストラップを買いに行った。 放課後で店は小学生でごった返しており、お婆さんはてんてこ舞い。ストラップを沙織に手渡した後、お金を受け取るのを忘れてしまった。 沙織は、そのタダで手に入ったストラップを握りしめ、興奮で全身を震わせた。 家に帰って両親に自慢すると、叱られるどころか、伯母から大絶賛された。 「沙織、すごいじゃない! 一銭も払わずに手に入れるなんて、本当に頭がいいわ!」 ここから、沙織の新しい世界への扉が開いた。

 高校時代のある週末、彼女が我が家に遊びに来た。 夕食の時、すき焼き用のネギが足りないことに気づき、母親が私に近くの商店街で買ってきてと言った。 沙織がどうしてもついて行くと言い張った。 八百屋に着くと、彼女は私を遮り、自ら進み出た。 腰の曲がった店番のお爺さんの前に立ち、さんざん品定めをしてからネギを掴んだ。 お爺さんが計量して言った。「合計で380円だよ」 沙織は口を尖らせて、お得意の演技を始めた。 「あら、お爺さん。今どきPayPayやカードを使うと、手数料を大手に取られちゃうわ。それより現金がいいでしょ? このご時世、お年寄りは現金をしっかり手元に握りしめておくのが一番安心よ。息子さんに家を追い出されないためにもね」 お爺さんは怒りで手を震わせ、反論しようとしたが、沙織の大声にかき消された。 「はいはい、分かったから。今、ポケットに1万円札しかないの。向かいのコンビニで小銭に崩してくるから、ここで待っててね!」 お爺さんが首を振る間もなく、沙織は声を張り上げた。 「私の格好を見て、お金を払わない人に見える? 笑わせないで、誰がネギ数本の金をケチるのよ!」 言い放つと、彼女はネギを引っ掴み、高ヒールを鳴らして走り去った。

 路地の角まで走ると、彼女は得意げに私に自慢した。 「見た? 理恵。あんたのお母さんから預かった1000円、浮かせてあげたわよ。後でスタバ奢ってね」 私は後ろを振り返った。寒風の中、首を長くして、無助そうにこちらを見つめているお爺さんの姿があった。私は沙織を突き飛ばした。 急いで八百屋に走り戻り、お爺さんに1000円札を押し付け、「本当に申し訳ありません!」と言い残して逃げるように去った。 恥ずかしすぎる! この女が親戚だなんて、口が裂けても認めたくなかった。 沙織は私をバカを見るような目で睨みつけ、鼻で笑って去っていった。 この日を境に、私と彼女の間には決定的な溝ができた。

 2

 翌日、沙織は腰をくねらせ、わざとらしいポーズをキメながら、昨晩のInstagramの写真と全く同じ格好で我が家に現れた。 私と従妹たちは顔を見合わせた。あの着物、ヘアスタイル、厚化粧が昨日と一ミリも変わっていない。 まさか、着物を着たまま一晩中眠り、メイクを落とすのすらもったいぶったのだろうか? 体からは、何日も風呂に入っていないような酸っぱい体臭がうっすらと漂い、それに安物の香水が混ざり合って、息が詰まりそうだった。 従妹たちは彼女の後ろで、吐く真似をした。

 沙織は私たちが沈黙しているのを見て、少し不機嫌そうにスマホを操作しながら私の前に歩み寄ってきた。 「あら、実はこれらの写真、まあまあの出来栄えよね。今のフリーカメラマンって、私に無料でモデルになってくれって頼み込んでくるの。スケジュールが詰まりすぎて、選ぶのが大変。だって天生麗質(生まれつきの美人)だもん、あんたたち一般人には理解できないでしょうけど」

 下の従妹が耐えきれず、冷笑をもらした。 「そうね、確かにそのカメラマンの巨匠には深く感謝すべきだわ。80キロの視覚効果を50キロに加工できるなんて、もはや現代の医学的奇跡よ。労災手当を払ってあげるべきね」

 私は一つのことだけが気になった。「お金は払ったの?」 沙織はまるで世界一の冗談でも聞いたかのように大笑いした。 「払う? バカ言わないで! 私ほどの美貌でモデルになってあげるなんて、相手のポートフォリオの知名度を上げてあげてるのよ。むしろ私に『精神的価値エモーショナルバリュー』を提供してもらったって、感謝すべきじゃない?」

 案の定、またタダ活だ。 私は目を閉じた。炎天下でポーズを指導し、夜通し写真を修整した挙句、沙織から「下手くそ、クレームを入れないだけありがたいと思いなさい」と言われ、そのままブロックされた哀れなフリーカメラマンの姿が、容易に想像できた。

「沙織お姉さん」私は深呼吸をし、冷ややかに言った。「いい加減にしなよ。人が労働を提供したなら、対価を支払うのが当たり前でしょ。毎日外で食い逃げやタダ活をして、大人のくせに恥ずかしくないの?」

 私が怒るのを見て、沙織はますます得意げになった。 「ハァ? 私は自分の実力で、相手に自発的にタダにさせてるの。あんたに何の関係があるわけ! 隠さずに言ってあげるけど、あの日のヘアメイクも、メイクも、着物すら、一銭も払ってないわよ! あんた、ただの嫉妬でしょ!」

 この救いようのない厚顔無恥を前に、私は口を閉ざすことを選んだ。

 3

 年末が近づき、私は自分の結婚式の準備のために、銀座の有名な高級ネイルサロンでフルセットのネイルをしてもらった。仕上がりが素晴らしかったので、LINEのタイムラインに投稿し、ついでに店長の宣伝をしてあげた。 まさか、これが店に災難をもたらすことになるとは思わなかった。

 数日後、私はネイルサロンのオーナーから電話を受けた。彼女の声は震えており、抑えきれない怒りに満ちていた。 「理恵さん、あの沙織という女は、あなたの一体何者ですか!?」

 聞けば、沙織は私の投稿を頼りにその店を探し当てたという。 入店するなり「理恵の親戚」を名乗り、いきなり50万円をチャージしてVIP会員になると言い放ったそうだ。 オーナーは大口の顧客だと思い、お茶を出し、至れり尽くせりの対応をした。 沙織は、自分の実家が表参道で高級美容クリニックチェーンを経営しており、美学に深い造詣があるため、オーナーのサロンに投資して分店を出すつもりだと大ボラを吹いた。 オーナーは足掛け5時間も彼女に尽くした。 その間、沙織はVIP向けに用意されていた高級和菓子や輸入ミネラルウォーターを買い占めるように平らげ、一人で高級炭酸水を8本も飲み干した。

「理恵さん、聞いてください」オーナーは電話の向こうで泣きそうになっていた。 「彼女がマスクを外した時、腐った卵のような強烈な体臭がして、私は息を止めながら施術したんです。しかも彼女の手は、何年も手入れをしていないように荒れていて、角質が3層も積み重なっていました。お会計の時、彼女は突然演技を始めて、海外投資のせいで主要な銀行アプリが一時的に凍結されている、夜に夫から送金があるから、後で必ずLINE Payか振り込みで支払うと言ったんです」

「私はバカだから、そのまま帰してしまいました。結果、1週間、1ヶ月待っても、催促するたびに『今会議中』だの『国際送金に遅延が出ている』だのと言い訳され、最後にはブロックされました!」

 私は呆然とし、何度も謝罪した。そして沙織の両親の住所と電話番号をオーナーに伝え、容赦なく取り立てに行くよう後押しした。 最終的に、オーナーが店の男性スタッフを連れて自宅に押し掛け、沙織の両親がなんとか金をかき集めて支払ったらしい。 お金を回収した後、オーナーは親切にLINEで忠告してくれた。 「理恵さん、あの従姉妹とは距離を置いた方がいいです。彼女の精神は完全に歪んでいます。彼女はあなたを執拗に監視していて、むしろ狂気的なまでに嫉妬していますよ」

 案の定、沙織は私のSNSを覗き見するだけでなく、私の生活軌跡を狂ったように模倣し始めた。 私がよく行く光が丘のセレクトショップにも、沙織は現れた。 彼女は朝の開店から夜の閉店まで試着を繰り返し、店の限定品をすべて着倒した。 店の3人のスタッフを自分一人のために拘束し、自分は「六本木の豪門の令嬢」で、父親は港区にビルを数棟所有しており、彼氏は若きIT社長だと自慢し続けた。 昼時には、当然のようにスタッフたちの弁当を強だつし、「コンビニ弁当なんて不健康ね」と文句を言いながら、3人分を綺麗に平らげた。 スタッフにあらゆる角度から何百枚もの写真を撮らせ、それらの写真は毎日1セットずつ彼女のInstagramに投稿され、「毎日違う服を着るセレブ」の人設を作り上げた。

 最も卑劣だったのは、スタッフ全員が疲弊し、ようやく大口の注文が入ると期待した瞬間だった。 沙織は大きく手を振り、試着した20着以上の服をすべてラッピングするよう命じ、優雅に車のキーを取り出した。 「あ、私のロールスロイス、時間制限の駐車スペースに停めてるんだった。駐禁の緑のおじさんが来ちゃうわ。ちょっと車を移動させてくるから、すぐ戻ってカードで決済するわね」 そして、彼女は二度と戻らなかった。 彼女の強烈な体臭のせいで、試着された高級衣服にはすべて耐え難い異臭が残り、店は自腹で高級クリーニングに出さざるを得ず、甚大な損失を被った。

 これ以上、他の店に被害が出ないよう、私はすぐにSNSのアカウントを非公開(鍵垢)にした。 すると数日後、沙織は我が家に直接乗り込んできて、傲慢に命令した。 「理恵、アカウントの鍵を外しなさいよ。最近、私に隠れてどこか高級レストランにでも行ったんじゃないの?」 私は相手にするのも面倒で、平然と返した。「最近は結婚の準備で忙しくて、投稿する暇がないの」

「結婚」という言葉を聞いた瞬間、沙織は悲鳴を上げた。 「ハァ?! あんたが結婚するの!? どこの目の腐った男があんたなんかを選ぶわけ!?」 彼女は歌舞伎役者のような三白眼で私を激しく睨みつけた。 「理恵、ずいぶんと隠し事をしてくれたじゃない。相手はハゲ散らかした老人でしょ? 恥ずかしくて人前に出せないから隠してたのね?」

 キッチンで忙しくしていた私の両親が、ついに耐えかねて飛び出してきた。 「沙織! なんて言い草だ! 理恵の相手は名門大学を卒業し、大手総合商社で働くエリートで、身長180センチのイケメンだ! これ以上、陰湿な嫌がらせをするなら容赦しないぞ!」 両親が最前線で戦ってくれる姿を見て、私は思わず吹き出してしまった。 沙織が「どうせハッタリよ」と言い返そうとしたその時、インターホンが鳴った。 私の婚約者である翔太が、高級な手土産を携え、礼儀正しくドアを開けて入ってきた。

 4

 翔太が一歩足を踏み入れた瞬間、沙織の目は文字通り彼に釘付けになった。 彼女は先ほどまでの刺々しい態度を一変させ、声を裏返して、極度にしなを作った甘ったるい声で言った。 「あらぁ~、このイケメンはどなたかしらぁ? 伯母様、どうして紹介してくれないの?」

 母親は盛大に目を丸くした。「理恵の婚約者の、翔太さんよ」 「そんなわけないわ……! こんなエリートが、理恵の……」沙織の顔は一瞬で歪んだ。 翔太が親しげに私の手を握り、隣に座らせると、沙織は横で歯噛みをした。

 その後、翔太は丹念に用意してくれた婚約指輪とプレゼントを取り出した。銀座でオーダーメイドしたミキモトの高級パールネックレス、そして彼の家族に代々受け継がれてきた、祖母から譲り受けたプラチナのダイヤモンドリングだ。 一品取り出されるたびに、沙織の顔色は泥のように黒くなっていった。 私と翔太が楽しそうに沖縄での前撮りや、ヨーロッパへのハネムーンの計画を話していると、沙織はまるで最も滑稽なピエロのように浮き彫りになり、最後に酸っぱい台詞を吐き捨てた。 「ふん、普段は清高なフリをしておいて、結局のところ中身は金目当ての拝金女じゃない。こんな光る石ころばかり喜んで、本当に偽善的ね」

 それまで礼儀正しく沈黙を守っていた翔太が、ついに耐えかねたように茶歩を置き、冷徹な目で沙織を見つめた。 「そこの女性、僕が部屋に入ってからずっと一人でブツブツ言っていますが、誰にも相手にされていないと気付かないのですか? 僕が稼いだお金で将来の妻に何を買おうが、あなたにミリほど関係ありますか? ダイヤモンドが眩しくて目が真っ赤になっているなら、今すぐ外に出て左にある眼科へ行って、他人の幸せを妬む紅眼病(ひがみ病)を診てもらうことをお勧めします」

 沙織の普段は刀槍も通さない厚皮が、端正な商社エリートの毒舌によって、一瞬で粉々に砕け散った。 彼女の目から大粒の涙が溢れ出し、化粧は完全に崩壊した。黒いマスカラとファンデーションが混ざり合い、まるで幽霊のようになった。 「理恵! あんたなんか男に寄生する虫よ! 見てなさい、あんたは男に貢がせてるけど、私は自分の実力で同じものを手に入れてみせるわ!」 言い放つと、彼女はドアが壊れんばかりの勢いで荒々しく飛び出していった。

 単なる一幕の狂言だと思っていたが、万々 square にも、沙織は完全に狂い始めた。 数日後、彼女のInstagramは狂ったように更新され始めた。 銀座の高級ジュエリー店での動画が投稿されていた。動画の中で、彼女は成金のようにスタッフに怒鳴り散らしていた。 「この店で一番カラット数が大きくて、一番高いダイヤの指輪とゴールドのブレスレットを全部出しなさい、私にお金がないとでも思ってるの!」 スタッフはプロの鑑として、戦々恐々としながら仕えていた。 沙織は店が提供する高級チョコレートやシャンパンを貪り食いながら、高慢に自慢を並べ立てていた。 「私の母は年中パリ・コレクションに出入りしていて、ハイブランドのデザイナーたちはみんな母の友人よ。父の名前を聞いたらあんたたち腰を抜かすわよ。港区の商業ビルはすべて父の名義なんだから」 動画は、スタッフが決済端末を取り出した瞬間に唐突に途切れていた。

 5

 見せびらかすために、沙織はその動画のスクリーンショットを親戚のグループLINEに投稿し、わざわざ全員を@メンションした。 下の従妹が最初に返信した。 『沙織姉さん、ネイルの踏み倒しはせいぜい民事トラブルだけど、銀座でジュエリーの詐欺を働いたら警視庁に現行犯逮捕されるよ』 上の従妹が続いた。 『まさかまた支払いの時に「尿遁トイレバックレ」したんじゃない? 頻尿は病気だから、大きい病院の泌尿器科に行くことをお勧めするよ』

 沙織はグループ内で激怒して怒鳴り散らした。 『あんたたちはただの嫉妬よ! 自分が買えないからって他人も買えないと思い込むなんて、底辺の思考回路ね!』

 しかし、世の中にはこれほど奇妙な偶然が存在するものだ。 翔太が商社で指導している後輩の婚約者が、なんとその銀座のジュエリー店のスタッフだったのだ。 10分後、私はそのスタッフがLINE VOOMに投稿した愚痴のスクリーンショットを、そのまま親戚グループに転送した。 スタッフの投稿にはこうあった。

『今日、店にとんでもないモンスタークレーマーが来た。入店するなり数十カラットのジュエリーを見せろと言い、自分は港区の不動産王の令嬢だと大ボラを吹く。口を開いた瞬間の深刻な口臭で気絶するかと思った。吐き気を堪えて3時間も接客したのに、支払いの段になって「カードの限度額が超えた」だの「IT社長の彼氏からの送金を待つ」だのと言い訳。最後に「お礼に夕食を奢る」と言うので、どこまで厚かましいか見届けてやろうとついて行ったら、地下1階の吉野家に連れて行かれた! しかも一人で超特盛牛丼を3杯も平らげた! 私が化粧室に行っている隙に、なんと彼女はバックレた! 3000円ちょっとの牛丼代は私が立て替える羽目に! すでに警察に被害届を出してあるから、次に見つけたら絶対に逃がさない!』

 光速のブーメラン(打脸)だった。 私はグループ内で沙織をメンションした。 『沙織姉さん、銀座のスタッフと警察があなたを探しているみたいだよ。都合のいい時に、あの吉野家の牛丼代を払ってあげたら?』 3秒後、システム通知が流れた。 『沙織がグループを退会しました』

 6

 これほどの恥をかけば、少しは大人しくなるだろうと思っていた。 しかし、彼女は完全に偏執病の極みに達しており、己のすべての不幸を私のせいに帰していた。 私と翔太が高級ドレスショップへオーダーメイドのウェディングドレスを試着しに行った日、沙織は神出鬼没にも後ろをつけてきていた。 彼女は店に入るなり、私が身にまとっていた総手刺繍の最高級ドレスを指さして店員に言い放った。 「私もそれを試着するわ、今すぐ!」

 店員は困惑した表情を浮かべた。 「大変申し訳ございません、お客様。こちらはあちらの理恵様が全額支払いでオーダーされたヴェラ・ウォン(Vera Wang)の限定モデルでございます。それに、サイズ的にも……お客様の豊かなお体には少々適合しないかと存じます」 80キロの体型では、カッティングの厳しい高級ドレスに収まるはずがなかった。

 沙織の顔色は青くなったり白くなったりした。 「誰がそんな地味なデザインを欲しがるもんですか! 私が試着したいのは、この店で一番豪華な、スワロフスキーのクリスタルが敷き詰められたやつよ! 私はレンタルじゃなくて、直接買い取るの。どこぞの貧乏人と違って、結婚式にレンタルドレスを使うなんて落ちぶれてないわ!」

 店員は礼儀正しく微笑んだ。 「恐れ入りますが、理恵様のこちらのドレスはレンタルではなく、150万円で直接ご購入いただいたものでございます。お客様も同様にオーダーメイドをご希望であれば、本日は手付金としていくらお支払いいただけますでしょうか?」

「150万」という数字を聞いた瞬間、沙織は肉眼でわかるほど生唾を飲み込み、店員の腕を引っ張って声を潜めた。 「この店、『来店特典で1着無料試着体験』のキャンペーンをやってるでしょ? まずは体験よ。効果が良ければ全額払うわ」 店員の微笑みが一秒だけ硬直したが、プロの素養で頷き、大きめの豪華なドレスを用意した。 彼女に合わせるため、店の専属メイクアップアーティストも化粧を施さざるを得なかった。 最終的に、屈強なスタッフが4人がかりで、沙織の贅肉をドレスの中に無理やり押し込めた。

 沙織はドレスを着ると、わざと休憩エリアにいる翔太の前を行き来した。わざとらしくうつむいては、押し潰されて変形した胸元を強調し、ターンをしてみせては、背中の赤く腫れた鮫肌と強烈な体臭を周囲に撒き散らした。 ソファに座る翔太は針のむしろに座らされているようで、完全に息を止めていた。 私はいたわるように彼の手を叩いた。「外のカフェで待ってて」 彼は赦免を得たかのように私を深く見つめ、踵を返して脱兎のごとく逃げ去った。

 翔太が去るのを見て、沙織は私に向かって冷笑した。 「理恵、しっかり見張っておくことね。男なんて婚姻届を出すまでは、いつでも他の女に寝取られる可能性があるんだから」 私は一瞥をくれる価値もないと無視した。 沙織は私が相手にしないのを見て、再び店員を悩ませ始め、自分と例の神秘的な「大富豪の彼氏」が軽井沢の別荘地で偶然出会い、一目惚れしたというロマンチックな作り話を生き生きと語り出した。 感極まった彼女は、その場で2000字に及ぶ自作の結婚の誓いを朗読し始め、自分自身で感動して号泣し、メイクは再びドロドロに溶け出した。

 最後には、彼女は狂ったように、店の高級ドレスを着たまま通りに出て「ストリートウォーキング(走秀)」をすると言い出した。 店員たちは顔面蒼白になり、死に物狂いで彼女を阻んだ。 決済を求められると、沙織はまたしても同じ手を使った。急に腹痛を訴えてトイレに駆け込んだり、海外の銀行が日付変更線を超えないと送金できないと言い訳を並べ立てた。 最後に追い詰められると、彼女はベールを乱暴に引きちぎり、開き直って絶叫した。 「何が高級ドレスよ、カッティングも品質も最悪じゃない! 私のセレブ基準に全く達してないわ! それにこの店、どんな客でも受け入れるのね。本当に格好がつかないわ!」 言い終えると、彼女は受付に置いてあった顧客用の高級エビアンのボトルを2本ひったくり、高ヒールで敗走していった。

 しばらくして、翔太が極めて奇妙な表情で戻ってきた。 どうしたのかと尋ねると、彼は言葉を濁しながらも、最後には憤慨して言った。 「理恵、あの従姉妹、絶対に頭がおかしいよ。さっきカフェの入り口で僕を待ち伏せして、君が大学時代に新宿の歌舞伎町でキャバ嬢をしていただの、ブランドバッグを買うために5股をかけていただの、期末試験はすべてカンニングだっただのと言い出したんだ」 翔太は呆れて笑っていた。 「彼女は知らないのか? 僕たちが大学1年の時から同じサークルで、毎日一緒に過ごしていたことを。君がどんな人間か、僕が一番よく知っているのに。一番呆れたのは、去り際に『私には御曹司の彼氏がいるけれど、あなたが改心して戻ってくるなら、チャンスをあげてもいい』と言い残していったことだよ」

 7

 ここに至って、私は怒りを通り越して呆れ果てた。 この沙織は、単なる虚栄心や道徳観念の欠如ではなく、犯罪の境界線で狂ったようにダンスを踊っている。 私はこの一部始終を両親に話した。 普段は親戚の和を重んじる父親が、今回ばかりは完全に激怒し、母親を連れて直接伯父の家に乗り込んだ。 母親は沙織の鼻先を指さして激しく罵った。 「あんたという子は、小さい頃から外でタダ食いばかりして、親戚の手前、私たちは他人の前で一度も言わずにいてあげた。それを今度は、こんな汚い手段を身内に使うなんて! 理恵が一体あんたに何の恨みがあるって言うの? 男方の家族にあんな破廉恥な嘘をでっち上げるなんて!」

 沙織はソファに座って爪の手入れをしながら、鼻で笑った。 「本人が身の潔白を証明できるなら、他人が何を言おうと怖くないでしょ? 疚しいところがあるからビビってるのよ。なんで理恵が商社のエリートと結婚できて、私より優れているところが一点でもあるわけ!? あんな女に相応しくないわ!」

 母親はその厚顔無恥さに衝撃を受け、言葉を失った。 そして、隣に座っていた伯父と伯母は、娘を諭すどころか、愛想笑いを浮かべて同調し、あろうことか私の母親の手を握ってこう言った。 「まあまあ、理恵さんの婚約者の条件がそんなに良いなら、翔太さんから沙織の彼氏に大企業の手配でも紹介してもらえないかしら? あるいは……翔太さんと沙織を付き合わせてみるとか? 理恵さんはまた別の人を探せばいいじゃない」

 それまで沈黙を守っていた父親が、猛烈に机を叩いた。 「いい加減にしろ! これまで親戚の情けを見て、私がどれほどビジネスの人脈を動かし、お前の軽トラック運送会社に荷物の発注を回し続けてやったと思っている! そのおかげでお前たち一家は食ってこれたんだぞ! それなのに、お前の娘は私の娘をこのように踏みにじるのか!?」

「今日限りで、我が家はお前たちとの一切の親戚関係を断絶する。私の会社はお前とのすべての契約を即座に解除する。お前とそのトラックは、勝手に市場でのたれ死ぬがいい!」

 伯父の売上の9割以上を占めていた発注が、一瞬にして露と消えた。 夫婦の顔色は一瞬で土気色に変わり、大伯父はその場で沙織の膝を蹴り飛ばし、怒鳴り散らした。 「この畜生が! 早く理恵に土下座して謝れ!」 沙織は床に崩れ落ちたが、私を睨みつける彼女の瞳には、毒がにじみ出るような激しい憎悪が満ちていた。 私は冷笑し、両親を連れて踵を返した。 背後からは、伯父が沙織の頬を狂ったように叩く音と、沙織の絶望的な悲鳴が聞こえていた。 「理恵! 覚えておきなさいよ! 私はすぐに本物の総資産数千億の富豪と結婚するんだから! その時はあんたたち家族全員、膝をついて私に乞うことになるわ!」

 1ヶ月後、驚いたことに、本当に沙織の結婚式の招待状が届いた。 彼女は未婚夫の腕に抱かれ、大手を振って我が家の玄関先まで直接届けに来たのだ。 その男は30代半ばに見え、体型に明らかに合っていないギラギラしたスーツを着て、髪には過剰なほどのヘアワックスが塗りたくられていた。 沙織は孔雀のように誇らしげに、私たちに向かってまくしたてた。 「私のフィアンセはね、明治時代からの旧華族、地主の家系の直系の子孫なのよ! 世田谷区に数百坪の先祖代々の邸宅を持っていて、港区には十数社のIT関連のファミリー企業があるの。毎日働かなくても、信託基金の配当だけで毎月数千万円が入ってくるんだから!」

 私は好奇心から尋ねた。「そんな素晴らしい条件の方と、一体どこで知り合ったの?」 沙織は恥ずかしそうに体をくねらせた。「掲示板で『ハイエンドな旅行の同行者募集』の書き込みをしたら、彼から連絡があったの」 そう言って、彼女は得意げにその投稿を私に見せた。 スレッドの内容はこうだ。 『渋谷系の令嬢(社長)。海外豪華旅行の全額を負担できる質の高い紳士を募集。見返りとして、最高の美貌での同伴と極上の精神的価値を提供します』 下には、親の顔もわからないほど加工された写真が添えられていた。

 本来、そのスレッドは日本のネットユーザーからの「タダ活乞食女」という罵倒で埋め尽くされていたのだが、まさか本当に下手な鉄砲も数撃てば当たるで、この「旧華族の末裔」を自称する男を釣り上げてしまったようだった。

 8

 その男の虚ろな目つきと不自然な挙動を見て、母親は思わずため息をつき、静かに沙織を脇に引っ張っていった。 「沙織、あの青年はまともな金持ちには見えないよ。目が泳いでいる。少し警戒しなさい、最近は結婚詐欺師が多いんだから……」

 沙織は母親の手を激しく振り払い、叫んだ。 「このクソババア、私が幸せになるのがそんなに気に入らないの!? 私は自分の美貌と実力で玉の輿に乗ったのよ、あんたに何の関係があるわけ!? 理恵が金持ちと結婚できるなら、私はゴミとしかお似合いじゃないって言うの!?」

 それからの半ヶ月間、沙織のInstagramは毎日、贅を尽くした結婚式の準備風景で埋め尽くされた。都内最高峰の5つ星ホテルの宴会場、数百万の豪華なドレス、神聖なチャペルのセッティング。 しかし、これらの高級な場所は、タダ活で入れるはずがない。 あの男が本当に彼女のために湯水のように金を遣っているのだろうか? 私は疑惑を胸に、両親と共に沙織の結婚式に出席した。

 会場に到着した瞬間、私と両親は唖然とした。 都心の最高級ホテル、アマン東京の披露宴会場。200人を収容できる大ホールが完全に貸し切られていた。 クリスタルのシャンデリアが滝のように降り注ぎ、会場全体にはオランダから空輸された生花が敷き詰められ、空気には金の匂いが満ちていた。 沙織が身にまとっていたのは、あの日ドレスショップで見た150万円のオーダーメイドドレスだった。 彼女は巨大な裾を持ち上げて私の前に歩み寄り、高傲に顎を上げた。 「どう、理恵? この結婚式だけで3000万円かかっているのよ。来月はパリで挙式するわ。私は結局、あんたの頭を踏みつけてやったのよ!」 私は微かに微笑んだ。「結婚おめでとう、お幸せに」

 披露宴の中盤、伯父と伯母が突然顔面蒼白になり、静かに私の両親の元に忍び寄ってきた。彼らは今にも床に膝をつきそうな勢いで、泣きながら金を貸してくれと懇願してきた。 事情を聞けば、沙織は虚栄心のために、伯父の会社に残されていた僅か十数万円の流動資金をすべて盗み出し、ドレスの手付金に充てていた。 彼女は他の費用はすべて「富豪の男方」が全包(全額負担)してくれると思い込んでいたが、結婚式の直前になって、男が突然「家族の信託基金が税務監査中で口座が一時凍結された、ホテルへの最終支払いの残金を先に女方で立て替えてほしい」と言い出したという。 沙織はスムーズに玉の輿に乗るため、大きく手を振り、両親に結婚式費用を負担するよう厳命した。さらに、男方の「京都から駆けつける数十人の貴族の親戚」のファーストクラスの航空券と5つ星ホテルの宿泊費まで自ら進んで引き受けたのだ。

 伯父は娘の玉の輿の夢を壊さないため、一世一代の賭けに出た。唯一の持ち家を数日のうちに二束三文の価格で叩き売ったのだ。 しかしそれでも金が足りず、彼らは多額のヤミ金(高利貸し)にまで手を染めていた。 現在、ホテルの支配人が法務スタッフを連れて控室で支払いを催促しており、直ちに引き渡しの残金1500万円を支払わなければ、結婚式は即座に中止され、詐欺罪で警察に通報されるという。

 新郎新婦が指輪を交換し、沙織が涙を流しながらあの2000字の虚偽の誓いを朗読していたその時、披露宴会場の重厚な扉が、粗暴に押し開けられた。 黒いスーツを着て、手には拡声器や横断幕を持った一団が、怒涛の勢いで乱入してきた。彼らは大声で叫んだ。 「踏み倒し魔! 沙織! 今すぐ金を返せ!」

 9

 会場内の日本人ゲストたちは一瞬にして静まり返り、次の瞬間には一斉にひそひそ話を始めた。 日本という極度に「世間体みえ」を重んじる社会において、このような光景は公開処刑に他ならない。 私が目を凝らすと、乱入してきた集団の中には、あのネイルサロンのオーナー、セレクトショップのマネージャー、そしてあの八百屋のお爺さんの息子の姿があった。

 オーナーは私を見つけると、足早に歩み寄り、声を潜めて言った。 「理恵さん、大切なご親族の結婚式をお邪魔して本当に申し訳ありません。でもこの女、踏み倒すたびに私たちをブロックするんです。先日、着物レンタル店のオーナーがネットに彼女の告発文を投稿したら、なんと私たち数十人の被害者が芋づる式に出てきたんですよ! みんなで話し合って、彼女が今日結婚するなら、男側や上流社会の前で面子を保ちたいはずだから、今日取り立てに来なければ、彼女が夫の姓に変わったら完全に足取りが掴めなくなるって一斉に動いたんです!」

 ステージの上の沙織は焦りで滝のような汗を流し、スポットライトの下で化粧は完全に溶け落ちていた。 彼女は悲鳴を上げながら、警備員に彼らを追い出すよう叫んだ。 しかし、ステージ下の「旧華族」の新郎が黙っていなかった。彼は沙織の手首を乱暴に掴み、陰険な顔で問い詰めた。 「これはどういうことだ!? お前は渋谷の不動産王の令嬢じゃなかったのか? なんでこんな市井の民に借金があるんだ!?」

 業者たちは拡声器を使い、全ゲストの前で、まるで演目を読み上げるかのように沙織の踏み倒し明細を大声で朗読した。 「銀座のジュエリー店における高級シャンパンおよびチョコレート消費、3万円!」 「原宿の高級ヘアサロンにおけるタダ活、5万円!」 「吉野家の超特盛牛丼3杯、3200円!」 …… 会場からドッと嘲笑が沸き起こった。

 結婚式が刑事事件に発展するのを防ぐため、伯父夫婦は泣きながらステージに駆け上がり、先ほど家を売って残った、ヤミ金の返済に充てるはずだった最後の資金を使い、それらの細々とした勘定を現金で一筆一筆清算した。 業者たちは金を受け取ると、次々と立ち去っていった。

 沙織は顔面蒼白のまま新郎の手を握り、これらはすべて「アンチの悪質な嫌がらせ」だと弁明しようとした。 しかし、ホテルの支配人が冷徹な顔で歩み寄ってきた。 「旦那様、他の債務が清算されたのでしたら、当ホテルの1500万円の残金、今すぐカード決済をいただけますでしょうか? 以前、お客様が大企業の配送ドライバーをされていた際にも、私どもホテルは大変お世話になっておりました。本日はどうか私どもを困らせないでいただきたい」

「配送ドライバーだと!?」新郎はその言葉を聞いた瞬間、まるで雷に打たれたように硬直した。 彼は伯父の鼻先を指さし、ヒステリックに咆哮した。 「お前は国際物流グループの会長じゃなかったのか!? お前の妻は美容クリニックチェーンの社長じゃないのか!?」

 ホテルの支配人は不可解そうな顔をした。「ハァ? この方はただの個人の軽トラック運転手ですよ。この界隈で長年働いておられますが」

 沙織は狂ったように支配人の口を塞ごうとしたが、巨大なドレスの裾に足を取られ、絨毯の上に無様に転倒した。 新郎は床に這いつくばる沙織を見下ろし、その瞳には極度の嫌悪と怒りが満ちていた。 彼は、自分のズボンの裾を掴もうとする沙織の手を猛烈に蹴り飛ばした。 「クソ汚い詐欺師め! よくも俺を億万長者の令嬢だと騙しやがったな! 俺は人生で詐欺師が一番大嫌いなんだよ!」

 沙織は床にへたり込んだまま、泣きながら彼の太ももにしがみついて離さなかった。 「あなた! 私はあなたを愛しすぎて、どうしても結婚したくて嘘をついたのよ! あなた言ったじゃない、私の魂を愛している、金銭なんて身外の物だって! 私にお金がなくても、あなたへの愛が満ちあふれているわ!」

 その男は彼女の顔に向かって激しく唾を吐きかけた。 「ハァ!? お前の魂を愛するだと!? 鏡で自分の豚みたいなデブのブス面を見てみやがれ! 体からは毎日下水みたいな悪臭が漂ってきて、お前が近づいてくるたびに俺は必死に息を止めてたんだよ! お前の家が港区にビルを数棟持ってると思わなきゃ、誰が目が腐ってこんな豚と付き合うかよ! 反吐が出るわ! ペッ!」

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 言い放つと、男はネクタイを投げ捨て、全ゲストが見守る中、後ろも振り返らずに大股で披露宴会場を去っていった。 沙織は150万円の豪華なドレスを着たまま、広大で冷徹なステージの中央にぽつんと座り込み、虚ろな目で呟いていた。 「終わった……私の玉の輿の夢が……すべて終わった……」

 彼女が顔を上げると、ステージの下で退場しようとしている私の姿が目に入った。 彼女は狂犬のように私に向かって吠え立てた。 「理恵! あんた今、嬉しいんでしょ!? 私がこんな風になって、心の中で嘲笑ってるんでしょ!? なんであんたはすべてを持っているの? まともな育ち、商社エリートの夫、体面のある生活! なのに私は何もかも失った! 不公平よ!」

 私はその場に立ち尽くし、静かに彼女を見つめた。 「沙織、もしあなたが普段からセコい小細工を弄するのをやめ、地に足をつけて生きていれば、絶対に今日のようにはならなかった。あなたは自分のすべての知恵を『タダ活』に使い果たした。それこそがあなたの本当の悲劇よ」

 去り際、最後の僅かな親戚の血縁の情けとして、私は声を落として彼女に警告した。 「あの新郎、最初から最後まで挙動が違和感だらけだったわ。彼との間に、借金や保証人といった大額の金銭のやり取りが発生していないことを、神に祈るのね」 言い終えると、私は両親の腕を取り、この修羅場を後にした。 背後からは、ヤミ金の取り立て屋が会場に押し入る音と、伯父夫婦の絶望的な悲鳴が聞こえていた。

 数ヶ月後、従妹たちが我が家に集まり、沙織の近況について話し合っていた。 「理恵姉さん、沙織は完全に終わったよ」下の従妹が恐怖に怯えながら言った。 「あの旧華族の末裔を自称していた男、実はネット上で『貧困女子のセレブ気取り』を物色していた連続結婚詐欺師だったの。沙織が玉の輿に焦る心理を利用して、ビジネスの運転資金や、いわゆる『世田谷区の豪邸の共同名義の購入費用』という名目で、沙織に多数のネットヤミ金や、違法な『闇バイト』のプラットフォーム、さらにはアダルトサイトで、彼女自身の名義で1億円の借金を背負わせたのよ!」

 上の従妹がため息をついた。 「沙織の家には今、毎日ヤミ金や反社会勢力が押し掛けてペンキを塗られているわ。彼らは夜逃げして、今は足立区か上野公園の橋の下で段ボールハウス生活をしてホームレスをやっているらしいよ。沙織は完全に路頭に迷って、昨日ついに私たちに金を貸してくれって電話してきたの」

「貸したの?」と私は尋ねた。 「貸すわけないじゃん」従妹は首を振った。「しかも彼女、未だにあの高慢な上から目線の口調で、自分は東南アジアの仮想通貨投資の内部ルートを握っているから、500万円貸してくれれば来月には倍にして返すって言ったのよ。まだ詐欺を働こうとしてるのが丸わかりだから、すぐに電話を切ったわ」

 その時、私のスマホも激しく鳴り響いた。 画面に表示されたのは、まさに沙織の名前だった。 私は通話ボタンを押した。 受話器からは、極度の恐怖と狂気によって鋭く尖った沙織の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。 「理恵! 理恵! 小さい頃一緒に育った仲じゃない、助けて! 2000万円貸して! いや、1000万でいいわ! ヤミ金の人たちに指を詰められるの! 来月……いや来週には絶対に倍にして返すから! 私を信じて、私はもうすぐ海外で一発逆転するんだから!」

 私は冷笑し、受話器に向かって平然と言った。 「沙織、あんたはそんなに実力があるんだから、自分の頭で解決しなよ。これはすべてあんたの自業自得よ、私に何の関係があるわけ? 貸さないわ」

 受話器の向こうが一瞬静まり返り、次の瞬間、悪毒極まりない呪詛が爆発した。 「理恵! この泥棒女! あんたが毎日のように私の前で見せびらかさなければ、私がこんなに焦って玉の輿を探すわけなかったじゃない!? あんたが私を陥れたのよ! あんたは死ぬべきよ! あんたもその商社の旦那も全員死ね! ああああーー!!」 直後、受話器の向こうから鈍い打撃音と男の怒鳴り声が聞こえ、通話は強制的に切断された。 それ以来、彼女の消息は途絶えた。

 半年後、私は新宿の街頭で、ゴミ箱からペットボトルを拾い集めている伯父と伯母の姿を偶然見かけた。 二人は以前より20歳は老け込み、全身煤けて酸っぱい臭いを放っていた。 私に気づくと、老夫婦は泣きながら地面に崩れ落ち、私のスカートの裾を掴んで尋ねた。 「理恵……沙織を見かけなかったかい? 頼む、もし彼女の消息を知っているなら、教えてくれ……」 私は首を振った。

 伯母は地面に座り込み、涙を拭いながら号哭した。 「あの詐欺師の男が、カンボジアとタイの国境で高額報酬のコンサルティング会社を経営しているから、一ヶ月で数千万円稼げるって言ったんだ。沙織のあのバカは、最後まであの男が自分を愛していて、海外で逆転させてくれると信じ込んでいたんだよ……私たちがゴミ拾いで貯めた最後の数万円を盗み出して、密入国して国を跨いでいっちまった……それっきり、何の音沙汰もないんだ……」

「カンボジアの国境」「海外の高額報酬会社」という言葉を聞いた瞬間、私の心臓が微かに跳ね上がった。 2026年の今日において、それが何を意味するかは言うまでもない。――それは人身売買、不法電撃詐欺、そして暗黒の地下監禁キャンプという底なしの深淵だ。 沙織があそこへ行ったということは、生きて戻ることは二度とないだろう。

 私は深くため息をつき、地面の老夫婦を避けて通り過ぎた。 生涯を嘘とタダ活で虚栄を積み上げようとした女は、最終的に自分自身をチップとして差し出し、人生の最後の、決して踏み倒すことのできない請求書を支払ったのだ。 そして、そのすべては、もはや私には何の関係もない。

 鮮やかな陽光の下、私は翔太と手を取り合い、自分たちの地に足のついた、本当の幸福な人生に向かって歩き出した。

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