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R15 注意です。残酷描写含みます。

帝都の地下、外気の届かぬ「夜天の檻」の最下層。そこには、湿った岩肌が剥き出しになった尋問室がある。鉄格子の隙間から漏れる魔石の光が、床にこびりついた乾いた血痕を赤黒く浮かび上がらせていた。


「……あ」


拘束椅子に縛り付けられた「銀の歯車」の構成員が、喉を鳴らした。

彼は銀の歯車の傘下組織の長でもあった。オアンネスが壊滅させた組織だ。


アイクの独断で組織を壊滅させた結果、拷問担当の日程が合わなかった。


だから、今日は総帥直々に拷問するのだ。


重厚な鉄扉を開けて入ってきたのは、小柄な人影。目隠しを施し、子供のような柔らかな足取りで近づいてくるその姿を認めた瞬間、それまで頑なに無表情を貫いていた男の顔が、恐怖で劇的に崩れ落ちた。


「……なぜ……悪魔の化身が……貴様が来る……!」

「あはっ。不幸だねえ、今日は僕が直接担当するんだ」


アイクは鈴を転がすような声で笑い、目隠しをゆっくりととった。構成員は咄嗟に目を逸らす。

悪魔と目を合わせると魂をもっていかれる、そんな迷信が帝国にはある。

アイクは決して悪魔ではないが、裏の世界では子どもの魂を喰らった悪魔、そう認識されているのだ。




アイクはその瞳に狂気的な色を宿した。構成員の男の震えは止まらないどころか大きくなっていく。

だが、その内面は驚くほど冷めていた。


(……脈動、発汗、瞳孔の開き。全てが定型的。驚きが一つもない)


アイクにとって、命を賭けるゲーム以外の事象は、全てが灰色の作業に過ぎない。

こんなもので生なんか実感できなかった。


「……何も、喋らんぞ……殺せ!」

「別にいいよ、知ってるし。銀の歯車の帝都内の拠点は三箇所。次の取引は南区の倉庫だよね? 」


構成員が動揺に目を見開く。アイクは楽しげに鼻歌を歌いながら、壁に並んだ拷問道具を指先でなぞった。


「だからね、今日は君の反応を楽しみにきたんだ」


ーーこの男が中核の情報を持つか確かめにきた。


シャリン、と金属が触れ合う高い音が静寂に響く。アイクは錆びついた細身のメスを手に取り、その刃先を指先で愛でるように滑らせた。次に、ずっしりと重い、骨を砕くためのペンチを棚から引き抜く。ガリ、と器具同士が擦れる不快な音が反響し、構成員の肩がびくりと跳ねた。


「何にしよっかなー。これ? それともこっち?」


アイクは道具を選びながら、一歩、また一歩と距離を詰めていく。男は視線を頑なに合わせない。逃げ場のない捕食者の圧迫感が部屋を支配していた。構成員の呼吸が荒くなり、ガチガチと歯の根が合わない音が聞こえ始める。目の前にいるのは、数々の組織を一夜で壊滅させ、死すら慈悲と思わせる絶望の象徴――その「悪魔の化身」が自ら執刀するという事実に、男の精神は限界を迎えていた。


「ひっ……あ、ああ……」


構成員の喉から、掠れた、獣のような悲鳴が漏れた。もはやプライドも忠誠心も、冷たい金属の音にかき消されていく。


「ま、待て……待ってくれ……! ご、極秘の、誰も知らない情報がある! それを教えるから、命だけは……命だけは助けてくれ……!」


男は椅子をガタガタと鳴らし、なりふり構わず懇願した。アイクの悪名は、裏社会では神話に近い。彼に触れられるということは、肉体だけでなく魂まで弄ばれ、永遠に続く地獄に堕とされることを意味する。その恐怖が、男の口を割らせた。


「へえ?」


アイクはさも面白そうに口角を上げてみせた。その実、ここからが「拷問」の本番なのだ。


「じゃあ、お前が吐く情報を僕が既に知っていたら、その度に指を落とすね」

「……っ!」

「さあ、話して」

「帝都北部の商人と裏で繋がっている……!」

「そんな情報で僕を満足させられると思ってるの? ふざけてるね。知ってるよ」

「ぎゃあああああああ!」


アイクは躊躇なくナイフを振り下ろし、男の指を一本、床に転がした。断面をすぐさま加熱したコテで焼き潰す。肉の焼ける嫌な臭いが立ち込めるが、アイクは眉一つ動かさない。

「次。失血死されるとつまらないから、丁寧に焼いてあげたよ。僕に感謝しなよ?」


二個目の情報は、アイクも知らぬものだった。だが彼は、冷酷な表情を崩さずに言い放つ。


「知ってる。……はい、次」


指がまた一本落ちた。

三個目、四個目。男の絶叫が防音壁に反響する。


男の絶叫が響く中、アイクはふと、壁に掛かった時計に視線を走らせた。


(……まだ開始から15分か。あと1本で情報割るかなぁ)


五個目まで来たところで、アイクは心底退屈そうに道具を放り出した。


「もういいよ、君。知ってる情報しか吐かないんだもん。興醒めだ。用済み」

「ま、待て! 本当に機密を知っている! これは、幹部のごく僅かしか知らないことだ!!」


構成員は、アイクが「食いついた」のを見て、行けると思ったのか饒舌に語り始めた。


「それを教えるから、命だけは助けると約束してくれ! お願いだ、助けてくれれば全て話す!」

「どうしよっかなー。君の情報には価値がないって、さっき証明されちゃったし」

「お願いだ! 本当なんだ!!」


(……ようやく、このあたりかな)


アイクは冷徹に、情報の鮮度を見極める。ここまで来ればほしい情報は手に入るだろう。


「いいよ。じゃあ話してごらん。……命だけは、助けてあげる」


構成員は安堵に顔を歪ませ、組織の深部に眠る「本当の機密」を語り始めた。帝都の物流を根底から揺るがす、毒物の混入計画。

だが、その語りのリズム、僅かな瞬きの遅れ、呼吸の浅さ。

アイクの「観測」が、非情な結論を下す。


リューゲ(うそ)

「え……?」

「嘘を混ぜてるね?君、自分の命がかかってるのに、まだ僕を試すんだね」


これ以上得る情報はない。

アイクは男の返答を待つことなく、杖の先をを向けた。


「な、魔術……!」


一瞬で青白い炎に包まれる。絶叫すら上げる暇もなく、構成員は一塊の灰へと変わった。

静まり返った拷問室。その瞬間、アイクの顔から「狂気」という名の仮面が、音もなく剥がれ落ちた。

残ったのは、ただの無感動な徒労感だけ。


アイクは冷えた瞳で灰を見つめ、深く、重い溜息をついた。


「……はぁ。なんでこんなつまらないこと、僕がしなきゃいけないの。時間の無駄だ」


愉悦の余韻など微塵もない。あるのは、面倒な書類整理を終えた後のような気怠さだけだった。

彼は血の匂いを振り払うように袖を払い、サキとの他愛のないコントの方がまだ「マシ」だったと思い返しながら、重い鉄扉を押し開けた。







「ミミちゃん、夜ご飯は?」


窓の外では帝都の夜が深まり、冷たい湿り気を帯びた風が石造りの街並みを吹き抜けている。重厚なカーテンの隙間から、遠くの街灯が頼りなげな光を執務室の床に落としていた。仕事をしていたアイクは、サキの不意の問いかけに顔を上げた。


(あー……)


「そのうち食べるよ」

「……昨日食べた?」


ジトっとした目で見つめるサキに、アイクは思わず目を逸らす。書類に視線を戻すが、文字が頭に入ってこない。


「え、嘘でしょミミちゃん。ご飯抜いちゃダメだよ」


ご飯の作り方なんて知らないし、わざわざ誰かに命じて買いに行かせるのも面倒だった。アイクにとって食事はただのエネルギー補給でしかない。元々はウーヴェがアイクの食事を作っていた。従士の仕事ではない。ただアイクがウーヴェを拾い、恩を売ったからただそれだけだった。


「ここ食堂とかないの?」

「……まあ。あるけど行ったことないかな」

「食堂あるんだ!? 想像よりはホワイトだった」


聞いておきながら驚くサキに、アイクは僅かに眉を寄せた。

豪華ではないが、この地下拠点には構成員用に質素な食堂が完備されている。帝国の最下層で飢えに苦しむ者たちにとって、安定して提供される温かい食事は、道端に落ちている金貨よりも遥かに価値が高い。それこそが、忠誠を繋ぎ止めるための最も安上がりで強力な鎖であることを、アイクは理解していた。


「失礼だよね。ちゃんとした組織だよ、ここは。福利厚生のひとつだよ。」

「じゃあ食堂行ってみようよ! 私も行ったことなくてさ!」


提案された瞬間、アイクは拒絶反応を示した。

自分が食堂に行けば、そこにある「平和」が死ぬ。構成員にとって唯一の息抜きである場所に総帥が現れれば、空気は凍りつき、彼らは味のしない食事を喉に流し込むことになるだろう。

それは良心ではなく、組織運営の円滑化を目的とした冷徹な配慮だった。


「えー。サキお姉さんが行ってくればいいじゃん。僕はここで済ませるから」


アイクは心底億劫そうに、山積みになった書類の山へ顔を隠した。羊皮紙の乾いた匂いが鼻をつく。


「ダメだよ! 一緒に行くから楽しいんじゃん!」

「楽しくないし。お腹が膨れればいいし……」


そんな押し問答を繰り広げていた、その時だった。

カチャリ、と音もなくドアが開く。

入ってきたのは、組織の防衛を一手に担うオアンネスだった。影のように滑り込んできた彼の両手には、温かな湯気を立てるトレイが握られている。


「おっと。先客がいたか。どうせご飯を食べていないだろうと思って、持ってきた」

「……オアン!!」


アイクの顔が、救世主を見たかのように輝いた。これで食堂へ引きずり出される非効率から解放される。これ幸いとばかりにサキの追及を逃れ、アイクはオアンネスからトレイを受け取った。


「そうだよ、気が利くね! 聞いてよオアン、サキお姉さんが無理やり食堂に連れて行こうとしてさ」


アイクはトレイをローテーブルに置き、ソファに深く腰を下ろした。スープの香りが、殺風景な部屋の空気を僅かに和らげる。アイクはオアンネスに対し、いつになく親しげな口調で愚痴をこぼし始めた。オアンネスは「ふむふむ」と愉快そうに相槌を打ちながら、アイクがぎこちなくスプーンを動かすのを見守っている。

そこでアイクは、ふと思い出したように顔を上げた。


「あ……そういえば、君たち初対面だっけ。こっちがオアンネス」


紹介されたサキの方を見ると、彼女はなぜか瞳を潤ませ、ハンカチをぎゅっと握りしめていた。


「サキお姉さん……?」

「ミミちゃん……よかったぁ……。ミミちゃんにも、こうやってご飯を気にかけてくれる、頼れる人がちゃんといたんだね……。お姉さん、安心したよ……」

「…………は?」


アイクは絶句し、スプーンを止めた。サキの視線は、孤独な身寄りのない子供にようやく友達ができたのを喜ぶ保護者のそれだった。


「ミミちゃん?」


案の定、オアンネスがその聞き慣れない呼称を反芻した。その瞳にいたずらっぽい光を宿し、アイクを面白そうに眺める。


「オアンネス」


アイクがフォークを握りしめ、氷のような視線で右腕を睨みつけた。これ以上その呼称で遊んでみろ、明日の任務を倍にするぞという無言の圧力。

オアンネスは一瞬きょとんとしたが、すぐに「ああ、なるほど」と全てを察したように頷いた。この冷徹な総帥をそんな愛称で呼ぶ変人が現れ、アイクがそれを嫌がりつつも許容している。その状況自体が、愉快犯である彼にはたまらなく面白かった。


「どうも、サキさん。『ミミちゃん』のお世話は任せてくれ。育児経験ならあるぞ」

「黙れ。……サキお姉さんも、変なところで感動しないでよ」


アイクの毒づきを柳に風と受け流し、サキはすっかり安心したように笑った。


「オアンネスさん、いい人そう!」


サキはチラリとアイクを見る。

アイクは、オアンネスと話している時、いつもより少しだけ表情が柔らかい。

彼女はそれを見逃さなかった。


「よし、アイク君に頼れる人がいるなら、私は一人で食堂冒険してくるね! 二人でゆっくりお話ししなよ!」

「ああ、いってらっしゃい。迷わないようにね」


サキは「はーい!」と元気に手を振って、執務室を飛び出して行った。

彼女の足音が遠ざかり、重厚な扉が閉まるのを待って、オアンネスが肩を揺らして吹き出した。


「『ミミちゃん』、ご飯は美味しいか?」

「……なに? アイクって呼んでくれないんだ?」


アイクはふんっと乱暴にスープを口に運んだ。そんな子供じみた様子を見て、オアンネスはたまらず声を立てて笑う。


「はいはい。アイク。お疲れ様」


そう言って、オアンネスはアイクの頭を無造作に撫でた。

大きな手のひらの熱が、アイクの髪をかき回す。

アイクはされるがままになりながらも、オアンネスの瞳をじっと見つめ返した。その瞳が、今の自分ではなく、自分の中にいる「アイクではない誰か」を写していることを、彼は痛いほど知っていた。それでも今は、その手の熱が、先ほどまで地下で感じていた冷徹な孤独を僅かに溶かしていくのを、拒むことはしなかった。

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