妖精は窓口に来ない
午後三時。
怪異対策課に一本の電話が入った。
発信元は、市内にある大学だ。
電話の主は齋藤万央を指名してきた。
「やあ、万央さん。テディです。研究室の備品が、勝手に配置換えされるんです。妖精の仕業だと思うのだけど、これは怪異対策課の仕事かな?」
テディ。
エドワード・ターナーは紋霞国際文化大学の非常勤講師だ。
国際文化学部で教鞭をとっている。
齋藤万央とは過去の案件で、面識がある。
ターナーの日本語は自然で、発音に癖も少ない。
長く日本に住んでいる人の話し方だった。
服装はきちんとしているが、どこか「研究者」より「観察者」に近い空気がある。
「一度、来てみてくれないか」
ターナーの要請で、万央は現地確認に赴いた。
研究室を一通り万央に見せてから、ターナーは言った。
「これは、悪意じゃない。むしろ……助けているつもりだね」
万央が尋ねる。
「誰が、ですか」
ターナーは少し考えてから答えた。
「英国だと、ブラウニーとか、ホブゴブリンとばれる存在だ」
万央は頷く。
「……妖精、ですか」
「そう。家や作業場に憑くタイプの」
万央はターナーから聞いた怪異の性質を、整理した。
書類棚が整理される。
配線がまとめ直される。
椅子の位置が整えられる。
無駄な重複が排除される。
すべてが、「やりすぎない親切」の範囲だった。
万央は理解する。
確かにこれは、日本の怪異ではない。
ターナーは続けた。
「向こうでは、黙認されることが多いんだ。牛乳を置いたり、感謝したりして」
万央は、首を振る。
「日本の施設では、勝手な介入は管理責任の問題になります」
妖精は、善意で動く。しかし許可を取らない。
結果として、境界が曖昧になる。
万央は言う。
「排除はしません。ただし、範囲を決めます」
行ったのは、とても行政的な対応だった。
作業していい時間帯。
触っていい備品。
触ってはいけない資料。
それを、掲示物として明文化した。
しかも、日本語と英語の併記だ。
掲示を読んだターナーは、少し驚いた顔をした。
「……なるほど。交渉、なんだね」
万央は答える。
「規則ですから」
ターナーは、微笑んだ。
「それなら、彼らは守るだろう。彼ら、“決まり”は嫌いじゃないんだ」
結果として、それ以降の配置換えは止まった。
夜間の軽作業だけが残って、研究室は快適なまま。
トラブルは発生しない。
報告書はこう結ばれている。
「国外系小怪異。
文化差異による介入行動あり。
表示対応により安定」
帰り際、ターナーが万央に言った。
「万央さんは、追い払わないんだね」
万央は少し考えてから答えた。
「追い払う理由が、ありません」
ターナーは頷いて、微笑んだ。
「……とても、日本的だ」
その言葉を、万央は否定しなかった。
「ところで、これから一緒に食事をどうかな」
「仕事が残っていますので、また」
ターナーは苦笑し、肩を竦める。
「万央さんは、いつも真面目だね」
「それが取り柄ですので」




