それでも、関わった意味
その相談者が、再び窓口に現れたのは、三週間後だった。
予約ではない。
ふらりと立ち寄った、という様子でもない。
はっきりと目的を持って、来ていた。
「今日は、報告だけです」
そう言って、女性は小さく頭を下げた。
監物美咲は、少し驚きながら席に案内する。
「どうされましたか」
「……眠れるようになりました」
声は、以前より落ち着いている。
「まだ、時々思い出しますけど。“何か起きるかも”って」
でも。
女性は笑った。
「前ほど、怖くはないです」
監物は、相槌を打ちながら聞いていた。
以前のように、前のめりにはならない。
だが、突き放しもしない。
「怪異対策課には」
監物が、慎重に聞く。
「もう、相談しなくていいと、思っていますか」
女性は、少し考えてから頷いた。
「はい。……自分で、どうにか出来そうなので」
その言葉を聞いた瞬間。
監物は、胸の奥が、少しだけ痛んだ。
同時に。
——安堵した。
面談が終わり、女性が帰ったあと。
監物は、そのまましばらく席に座っていた。
何かを、反芻するように。
「……良かったですね」
声をかけたのは、善野亘だった。
報告書を受け取りに来たらしい。
「はい」
美咲は、素直に答えた。
「本当に」
沈黙。
それから、監物が言う。
「斎藤さんの判断、間違ってなかったですね」
善野は、頷く。
「結果としては」
「はい」
監物は、少し笑った。
「……悔しいですけど」
善野は、何も言わない。
それが、正しい距離だと知っている。
「でも」
監物は、続けた。
「私が関わった時間も、無駄じゃなかったと思いたいです」
善野は、はっきり言う。
「無駄じゃないです。相談者さんが、“一人で立てる”ところまで行けたのは、監物さんが、最初に話を聞いたからです」
監物は、少し目を見開いた。
「……ずるいですね。また、それですか」
善野が、苦笑する。
「斎藤さんも、善野さんも。ちゃんと役割があって……私だけ、感情で動いてたみたいで」
「違います」
善野は、即座に言った。
「感情がなかったら、この仕事、続かないと思います」
監物は、少し黙る。
それから、小さく頷いた。
夕方。
廊下で、監物は斎藤万央とすれ違った。
「斎藤さん」
監物が、声をかける。
万央は、足を止める。
「……先日の件、ありがとうございました」
万央は、少しだけ驚いたような顔をした。
「こちらこそ」
それ以上は、言わない。
それで、十分だった。
庁舎の外。
帰り道で、監物は立ち止まる。
善野が、不思議そうに振り返る。
「……私」
監物は、言葉を選ぶ。
「しばらくは今の距離で、頑張ります」
善野は、意味を理解して、頷いた。
「はい。それが、いいと思います」
監物は、少し笑う。
寂しさと、納得が混じった笑顔。
「もっと早く会えてたらって、思います」
善野は、答えない。
答えられない。
それでも。
監物は、前を向いて歩き出す。
恋は、まだ始まっていない。
けれど。
この場所で働く理由は、ちゃんと残った。
——それで、いい。




