それでも、その判断を選ぶ
会議は、予定より短く終わった。
特別な案件ではない。
だが、空気は少しだけ張っている。
前回と同じ相談者。
経過確認。
結論は、変わらない。
「今回も」
斎藤万央が資料を閉じる。
「怪異対策課としての介入は、行いません」
淡々とした声。
誰も、すぐには反応しなかった。
沈黙を破ったのは、監物美咲だった。
「……分かりました」
声は落ち着いている。
だが、視線は万央ではなく、机の上。
納得しているかどうかは、分からない。
「一点だけ」
監物が、顔を上げる。
「確認させてください」
万央は、頷く。
「どうぞ」
「この判断で。本当に、あの人が一人で立てると思ってますか」
直球だった。
万央は、少しだけ考える。
「思っています」
「根拠は?」
万央は迷わなかった。
「彼女が、“助けてほしい”ではなく、“大丈夫か知りたい”と。言い換え始めているからです」
資料の一文を指で示す。
監物は、言葉を失う。
見ていなかった。
いや、見ようとしなかったのかもしれない。
「……それでも」
監物が、続けようとした瞬間。
「すみません」
善野亘の声が、入った。
全員の視線が、集まる。
善野は、一度息を整えてから言った。
「この判断は、冷たいものではないと思います」
監物が、目を見開く。
「斎藤さんは」
善野は、万央の方を見ない。
「“関わらない”って言ってるんじゃなくて。“これ以上、怪異対策課が前に出ない”って言ってるだけです」
言葉を選ぶ。
「線を引くことで相談者さんが、自分の足で考える余地を残している。……そういう判断だと、受け取りました」
声は、震えていない。
沈黙。
監物は、善野を見ている。
万央は、何も言わない。
「もし」
善野が、続ける。
「ここで斎藤さんが、情に寄ったら。次に何かあった時、相談者さんは、“また怪異対策課に頼る”しか、選択肢がなくなる」
善野は、拳を軽く握る。
「それは、助けじゃないと、思います」
監物は、ゆっくり息を吐いた。
反論は、出てこなかった。
代わりに。
「……善野さんは」
少しだけ、声が低くなる。
「斎藤さんのこと、信頼してるんですね」
善野は、頷いた。
「はい」
即答だった。
「尊敬しています」
その一言で、場の空気が、静かに定まった。
議論は、それ以上続かなかった。
結論は、変わらない。
会議後。
廊下で、監物が立ち止まる。
「……ちょっと、いいですか」
善野は、頷いた。
「さっきの」
監物は、言いづらそうに言う。
「擁護。――本音ですよね」
「はい」
迷いはなかった。
「……そうですか」
監物は、少し笑う。
苦いものが口の中に広がった気がした。
「じゃあ、私が入り込む余地――ないですね」
それは、責める声ではない。
確認だった。
「そんなことは」
善野が言いかけて、止まる。
違う。
それは、今言う言葉ではない。
「監物さんの役割も、必要だと思っています」
それだけ、伝える。
監物は、頷いた。
「……ありがとうございます」
けれど。
その表情は、少しだけ遠くなった。
離れていく背中を見て、善野は思う。
自分は、選んだ。
それが、誰かを傷つける選択でも。
その夜。
万央は、善野にだけ言った。
「ありがとう」
短い言葉。
善野は、首を振る。
「いえ。事実を、言っただけです」
万央は、少しだけ微笑んだ。
それを見て、善野は胸の奥が、静かに熱くなる。
——恋ではない。
だが、確実に一歩。
進んでいた。




