話を聞く人
その日は、窓口が珍しく立て込んでいた。
怪異対策課に直接来る相談ではない。
市民相談経由で回される、判断前の案件が続いている。
「次の方、どうぞ」
そう声をかけたのは、怪異対策課の職員ではなかった。
「監物です。今日は、どんなご相談でしょう」
ハキハキとした声。
それでいて、急かさない。
善野亘は、少しだけ顔を上げた。
——あ、新しい人だ。
監物美咲は、委託カウンセラーだった。
市役所の名札はつけていない。
だが、窓口での動きは慣れているように見えた。
相談者の言葉を遮らない。
曖昧な表現を、そっと言い換える。
「それは、怖かったですね」
その一言で、相談者の肩から力が抜けるのが分かった。
善野は、書類整理をしながら、様子を見ていた。
怪異かどうか、まだ分からない案件。
判断するには、情報が足りない。
だから、この段階は重要だ。
——話を、ちゃんと聞く人がいるかどうか。
十分ほどして、監物がこちらに来た。
「善野さん、ですよね」
「はい」
名前を呼ばれて、少し驚く。
「この相談、怪異対策課に繋いだ方がいいと思います」
声は明るく、だが、根拠ははっきりしている。
「“見える”とかじゃなくて。生活のリズムが、相談者さんの意思とズレ始めてます。でも、この段階なら、まだ軽い内に、なんとかできるかもしれません」
善野は、頷いた。
「分かりました。引き取ります」
そう言いながら、内心で思う。
——判断が、早い。
処理が一段落したあと。
善野と監物は給湯室で、ばったり会った。
「あ、お疲れさまです」
監物は、紙コップを片手に笑う。
「今日、忙しいですね」
「そうですね……」
善野は、少し言葉を探してから続けた。
「さっきの判断、助かりました」
「いえいえ」
軽く首を振る。
「私は、決めない役なので」
その言葉に、善野は少し安心した。
「善野さんって」
監物が、何気なく言う。
「ちゃんと、話を聞く人ですよね」
「……そう、ですか」
「はい」
即答だった。
「だから、安心します」
善野は、思わず視線を逸らす。
こういう評価は、慣れていない。
少し遅れて、斎藤万央が給湯室に入ってきた。
「お疲れさまです」
「斎藤さん」
善野は、背筋を伸ばす。
監物は、軽く会釈した。
「委託カウンセラーの監物です」
「斎藤です」
短い挨拶。
それだけで、空気が少し変わった。
「さっきの件ですが」
万央が、事務的に言う。
「怪異反応は、まだ弱いですね」
「ええ」
監物は、頷く。
「だからこそ、今が大事だと思いました」
「……そうですね」
万央は、それ以上踏み込まない。
必要以上に評価もしない。
必要以上に否定もしない。
それが、万央のやり方だ。
監物は、その背中を見て、ほんの一瞬だけ思う。
——強い人だ。
でも。
——少し、遠い。
万央が出て行ったあと。
監物は、善野に向き直る。
「斎藤さん、すごいですね」
「はい」
善野は、即答した。
「尊敬しています」
その言葉を聞いて、監物は少しだけ笑顔を崩した。
ほんの一瞬。
すぐに、戻る。
「……ですよね」
その日の帰り際。
監物は、さりげなく言った。
「また一緒に、案件当たると思います」
「よろしくお願いします」
善野は、そう答えた。
その横顔を見て、監物は思う。
——この人を、好きになるかもしれない。
自然に、そう思った。
同時に。
——斎藤万央という存在が。
相対するのに簡単な相手ではないことも、分かっていた。
まだ、始まったばかりだ。




