表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/71

話を聞く人

 その日は、窓口が珍しく立て込んでいた。


 怪異対策課に直接来る相談ではない。

 市民相談経由で回される、判断前の案件が続いている。


「次の方、どうぞ」


 そう声をかけたのは、怪異対策課の職員ではなかった。


「監物です。今日は、どんなご相談でしょう」


 ハキハキとした声。

 それでいて、急かさない。


 善野亘(よしのとおる)は、少しだけ顔を上げた。


 ——あ、新しい人だ。


 監物美咲(けんもつみさき)は、委託カウンセラーだった。


 市役所の名札はつけていない。

 だが、窓口での動きは慣れているように見えた。


 相談者の言葉を遮らない。

 曖昧な表現を、そっと言い換える。


「それは、怖かったですね」


 その一言で、相談者の肩から力が抜けるのが分かった。


 善野は、書類整理をしながら、様子を見ていた。

 怪異かどうか、まだ分からない案件。

 判断するには、情報が足りない。


 だから、この段階は重要だ。

 ——話を、ちゃんと聞く人がいるかどうか。


 十分ほどして、監物がこちらに来た。


「善野さん、ですよね」

「はい」


 名前を呼ばれて、少し驚く。


「この相談、怪異対策課に繋いだ方がいいと思います」


 声は明るく、だが、根拠ははっきりしている。


「“見える”とかじゃなくて。生活のリズムが、相談者さんの意思とズレ始めてます。でも、この段階なら、まだ軽い内に、なんとかできるかもしれません」


 善野は、頷いた。


「分かりました。引き取ります」


 そう言いながら、内心で思う。

 ——判断が、早い。



 処理が一段落したあと。

 善野と監物は給湯室で、ばったり会った。


「あ、お疲れさまです」

 監物は、紙コップを片手に笑う。

「今日、忙しいですね」


「そうですね……」

 善野は、少し言葉を探してから続けた。

「さっきの判断、助かりました」


「いえいえ」

 軽く首を振る。

「私は、決めない役なので」


 その言葉に、善野は少し安心した。


「善野さんって」

 監物が、何気なく言う。

「ちゃんと、話を聞く人ですよね」


「……そう、ですか」


「はい」

 即答だった。

「だから、安心します」


 善野は、思わず視線を逸らす。

 こういう評価は、慣れていない。



 少し遅れて、斎藤万央(さいとうまひろ)が給湯室に入ってきた。


「お疲れさまです」

「斎藤さん」


 善野は、背筋を伸ばす。

 監物は、軽く会釈した。


「委託カウンセラーの監物です」

「斎藤です」


 短い挨拶。

 それだけで、空気が少し変わった。


「さっきの件ですが」

 万央が、事務的に言う。

「怪異反応は、まだ弱いですね」


「ええ」

 監物は、頷く。

「だからこそ、今が大事だと思いました」


「……そうですね」


 万央は、それ以上踏み込まない。

 必要以上に評価もしない。

 必要以上に否定もしない。

 それが、万央のやり方だ。


 監物は、その背中を見て、ほんの一瞬だけ思う。

 ——強い人だ。

 でも。

 ——少し、遠い。


 万央が出て行ったあと。

 監物は、善野に向き直る。


「斎藤さん、すごいですね」


「はい」

 善野は、即答した。

「尊敬しています」


 その言葉を聞いて、監物は少しだけ笑顔を崩した。


 ほんの一瞬。

 すぐに、戻る。


「……ですよね」



 その日の帰り際。

 監物は、さりげなく言った。


「また一緒に、案件当たると思います」

「よろしくお願いします」


 善野は、そう答えた。

 その横顔を見て、監物は思う。


 ——この人を、好きになるかもしれない。

 自然に、そう思った。


 同時に。

 ——斎藤万央という存在が。

 相対するのに簡単な相手ではないことも、分かっていた。


 まだ、始まったばかりだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ