選択権
その案件は、善野亘の机に直接回ってきた。
珍しいことだった。
「……善野くん」
斎藤万央が、資料を差し出す。
「この件、あなたに任せます」
言葉は、軽い。
意味は、重かった。
案件概要は、簡潔だった。
市内の古い倉庫。
夜間警備員が二名、原因不明の体調不良。
一人は重症。
怪異反応あり。
性質は、侵入抑止型。
人を拒む。
だが、完全ではない。
祓えば消える。
ただし、建物に付随する「境界」も失われる。
——過去の余波案件と、似ている。
善野は、喉が鳴るのを感じた。
「斎藤さん」
「はい」
「今回は……」
言葉が、続かない。
万央は、促さない。
ただ、待つ。
現地調査は、善野主導だった。
杜下卓も同席する。
「正直」
杜下が言う。
「警察としては、また人が入れるようになっても困ります。入れなくても困ります。……でも」
「ええ」
「死人が出るよりは、ずっといい」
それが、現場の意見だ。
祓い屋、御手洗綽は、淡々と告げた。
「祓えます。ただ――」
善野を見る。
「選ぶのは、あんたです」
善野は、思った。
——これが、万央が背負っている場所。
夜。
市役所の自席で、善野は一人、資料を読み返す。
被害予測。
放置した場合のリスク。
祓った場合の影響。
どれも、数値は揃っている。
だが。
選ぶ責任だけが、数値化されていない。
善野は、万央のデスクを見る。
声をかければ、助言はもらえる。
だが。
それをしたら、「選んだ」とは言えない。
善野は、立ち上がり、戻った。
翌朝。
「結論を出しました」
声は、震えていなかった。
「祓います」
即答だった。
理由も、添える。
「放置すれば、次は確実に重傷者が出ます。境界が失われても、命の優先度は、変えられません」
御手洗は、短く頷く。
「了解です」
祓いは、問題なく終わった。
倉庫は、立入禁止区域として管理される。
人は、寄らなくなった。
だが。
死人は、出なかった。
後処理が終わった夕方。
万央が、善野に声をかける。
「お疲れさまでした」
「……はい」
善野は、少し間を置いて言う。
「怖かったです」
正直な言葉だった。
「でも――斎藤さんが、ずっとここで立っていた理由が少し、分かりました」
万央は、微笑んだ。
「それで、十分です」
善野は、思う。
選ぶということは、正解を当てることではない。
後悔を引き受ける覚悟を持つことだ。
その入口に、自分は立った。
それだけで、今日は、よかった。




