余波
異変に気づいたのは、やはり警察だった。
『……正直に言います』
紋霞大学前駅前交番の杜下卓は、現場を見回しながら言った。
『あのままだったら、次は死人が出てました』
万央は、頷いた。
それが、今回の前提だ。
祓われた怪異は、人の注意を引き、足を止め、結果として事故を誘発する性質を持っていた。
軽傷で済んでいたのは、偶然と、初期対応のおかげだ。
御手洗綽も、報告書にそう書いている。
「放置すれば、一ヶ月以内に重大事故が発生する確率が高い」
推測ではない。
経験に基づいた判断だった。
現場の違和感は、確かに残っている。
建物の前で、人が足を止めなくなった。
それは、怪異の影響が消えた結果だ。
同時に。
“立ち寄る理由”も消えた。
「祓わない選択肢は、なかった」
万央は、善野にそう言った。
「ええ」
善野も、迷わず答える。
「今回は、調整案件ではありませんでした」
御手洗は、少しだけ苦い顔をした。
「余計なものも、消えました」
「分かっています。それでも」
万央は、視線を逸らさない。
「必要でした」
その言葉は、誰かを説得するためではない。
自分の中で、結論をつけるためだった。
記録には、こう残した。
当該怪異は、
社会的危険度が高く、
共生・隔離・調整のいずれも不適と判断。
完全除去は妥当である。
なお、周辺環境への影響は副次的結果であり、
人命リスクと比較した場合、許容範囲とする。
冷たい文章だ。
だが、嘘はない。
後日。
杜下から、短い連絡が入った。
『あの場所、夜間の不審侵入が、ゼロになりました』
「……そうですか」
『正直、警察としては助かってます』
それが、現実だ。
御手洗は、帰り際に言った。
「祓いってのは“正しかったか”じゃない。“必要だったか”です」
万央は、答えた。
「今回の結論は」
一拍。
「必要でした」
御手洗は、何も言わず、頷いた。
空きビルは、解体された。
理由は、老朽化。
市民は、何も知らない。
それでいい。
善野が、ふと呟く。
「……割り切れましたか」
万央は、少し考える。
「いいえ。でも、選びました」
それが、怪異対策課の仕事だ。
祓わなければならない怪異が、確かに、存在する。
そして、それを選ぶ人間も、必要だ。




