比較文化的誤解
怪異対策課のカウンターに、見慣れた長身が立っていた。
「万央さん、ちょっといいかな?」
エドワード・ターナー――通称テディ。
紋霞国際文化大学非常勤講師。
外国文化・比較怪異の調査協力員。
そして、距離感が日本基準ではない男。
「どうしました?」
万央が顔を上げると、ターナーはにこやかに身を乗り出す。
「今度、フィールドワークがあるんだ。よかったら一緒にどうかなって」
「……業務ですか?」
「半分。半分はコーヒー」
即答だった。
その様子を、少し離れたデスクから善野亘が見ている。
——近い。
距離が。
「ターナーさん、それは」
万央が言葉を選んでいると、ターナーは楽しそうに続ける。
「日本では“誘う”って、そんなに構えなくていいんでしょう?」
「いえ、ええと……」
「万央さん、君は」
テディは、悪気なく言う。
「とても誠実で、知的で、それに――一緒にいると、心地良い」
空気が、固まった。
その瞬間。
「斎藤さん」
善野の声が、少しだけ低く響いた。
二人が振り向く。
「こちらの資料、確認をお願いできますか」
業務用。
完璧な敬語。
だが、妙に早口だった。
「あ、はい」
万央は助かったように善野の方へ行く。
ターナーは首を傾げる。
「……今の、邪魔した?」
「いいえ」
善野は、笑顔のまま答える。
「業務ですので」
語尾が、やけに丁寧だった。
数分後。
資料を渡し終えた万央が、小声で言う。
「善野くん、ありがとう」
「いえ」
一拍。
「……今のは、文化の違いです」
「はい?」
「ターナーさんは、悪意がないので」
分かってる、と言いたげな視線。
それでも、善野は続ける。
「ただ」
声を落として。
「斎藤さんが、ああいう誘われ方をするのは」
言葉を探す。
「……少し、落ち着きません」
万央は、瞬きをした。
「それは」
「業務的に、です」
即答。
だが、目が逸れた。
その日の帰り。
ターナーからメッセージが届く。
コーヒーはいつでも歓迎です
テディ
万央は、少し考えてから返信する。
今は忙しいので、また今度。
そして、ふと善野を見る。
「善野くん。お茶にしようか」
「はい」
二人は席を立った。
給湯室でお茶を淹れて。
片方を善野に差し出す。
万央は少し首を傾げた。
らしくない仕草だ。
「もし……」
一瞬、ためらって。
「“業務じゃないコーヒー”なら、どうする?」
善野の肩が、わずかに揺れた。
「……後輩として、ですか」
「どうだろう」
善野は、少し困ったように笑う。
「それはかなり、嬉しいです」
今度は、眼を逸らさなかった。




