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なぜ、祓えないのか

 紋霞(あやか)市役所、会議室の空気は、重かった。


 怪異対策課、警察、施設管理課。

 臨時の合同協議は、午後四時から始まっている。


 ホワイトボードには、簡潔な箇条書き。

 ・死亡者:一名

 ・発生地点:旧庁舎第三会議室前踊り場

 ・再発兆候:あり(未遂一件)

 ・現象特性:位置固定/再現性あり


 杜下卓(もりしたたくみ)は、腕を組んでそれを見ていた。


「……これ、いわゆる“地縛霊”的なものじゃないんですか」

 誰かが、そう言った。


 万央は、即座に首を振る。

「違います」

 静かな否定だった。

「これは、人の感情が残ったものではありません」


 一瞬、沈黙。

 万央は、続ける。


「事故の“手順”が残っています」


 警察側の係長が、眉をひそめる。

「手順?」


「はい。あの場所で、“そうなる流れ”だけが固定されている」


 ホワイトボードに、万央がペンで書き足す。

 ・高さ

 ・手すりの位置

 ・視線の抜け

 ・立ち止まる理由


「祓える怪異は、“誰かの意志”を持っています」

 万央は、淡々と言った。

「怒り、恨み、未練、執着。――だから、切り離せる」


「でも、これは?」

「構造です」


 その言葉が、場に落ちる。

 施設管理課の職員が、恐る恐る口を開いた。


「……つまり、ここが危ない、ってだけじゃ駄目か」


 万央は、頷く。

「“危ない形”が、事故という結果を生み続ける」


 杜下が、低く呟いた。

「人が、勝手に補完してしまうんですね」


「ええ」

 万央は、杜下を見る。

「誰も押していないのに、“立つ理由”を作ってしまう」


 警察側が、現実的な質問をする。

「祓いが無理なら、どうするんです」


 万央は、少し間を置いた。


「封じます」

「どうやって」


「存在を、終わらせるのではありません」

 万央は、言葉を選ぶ。

「続かないようにしましょう」


 ホワイトボードに、新たな項目が書かれる。

 ・使用停止(恒久)

 ・物理的遮断

 ・記録上の完結


 施設管理課が、息を飲む。

「……建物を、事故ごと閉じるってことですか」


「はい」

 万央は、肯定した。

「この踊り場は、“もう使わない場所”にします」


 誰かが、言った。

「それは……負けたみたいじゃないですか」


 万央は、首を振らない。

「違います。勝ち負けの話ではありません」

 全員が、万央を見る。


「これは、祓って、それでおしまいの話ではありません。

 ここに立てば、同じことが起きる。

 ――それを、“起きないことにする”」


 杜下が、理解した顔をする。

「……制度で、場所を終わらせる」


「はい」

 万央は、静かに頷いた。

「祓えない怪異は、存在を否定できない。だから、関われなくします」


 会議の最後、警察の係長が言った。

「……正直、後味は悪いですね」

 万央は、否定しなかった。


「はい。でも、もう一人死ぬよりは、ずっといい」


 その言葉に、全員が同意した。





 夜。

 旧庁舎の前。

 規制フェンスの向こうで、踊り場は静かに闇に沈んでいる。


 誰もいない。

 音もしない。


 だが――何かが、そこに在ることだけは、分かる。


 万央は、書類を胸に抱えた。

 祓えない理由は、はっきりした。

 これは怪異ではなく、人が作った“死の再現装置”だ。



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