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もう一人、立つところだった

 木曜日、午前十一時五分。

 怪異対策課の共有端末に、警察からの速報が入った。


 件名:旧庁舎内 立入規制違反事案

 負傷者:なし(未遂)

 対応中


 斎藤万央(さいとうまひろ)は、内容を読んだ瞬間に立ち上がった。


「……早すぎる」


 昨日、現場を確認したばかりだ。

 封鎖措置は指示した。

 警察側も理解していた。


 それでも――起きた。


 現地に向かう途中、万央は杜下卓(もりしたたくみ)に連絡を入れる。


 運転中。ハンズフリー、車載スピーカー。

 少し音が割れる。


「杜下さん。今、どんな状況ですか」

『止めました。ギリギリです』


 杜下の声は、疲労の色が濃い。


『業者が一人、“確認し忘れた物がある”って入ろうとしました』

「第三会議室前?」


『ええ』

 一拍、間が空く。

『……同じ位置に、立とうとしました』


 万央は、自動車のアクセルを、少しだけ強く踏み込んだ。




 旧庁舎の前には、規制テープが増えていた。

 パトカーも一台、止まっている。


 杜下は、庁舎の外で業者の男性と話していた。

 四十代前半。

 顔色が、青を通り越して、白い。


「……本当に、落ちるところだったんですか」


 業者の声は震えている。


「落ちる、というより――“落ちていた”位置に、立つところでした」


 万央が近づくと、杜下が軽く会釈した。


「この方です」


 万央は、名乗らない。

 市役所の人間だとだけ伝える。


「中で、何がありましたか」


 業者は、しばらく黙った。

 そして、ゆっくりと言った。


「……音がしたんです」

「どんな」


「靴音です。自分の、じゃなくて」


 万央は、頷く。

「それで?」


「振り向いたら、自分が、そこに立っている感じがして」

 業者は、喉を鳴らした。

「……立ってないのに」


 杜下が口を挟む。

「彼は、柵を越えた瞬間に、その場で立ち止まってました」


「理由は?」

「分からないって」


 業者は、俯いた。

「足が、出なかったんです」


 万央は、確信する。

 怪異は、もう“次”を作り始めている。


 昨日の事故は、引き金だった。

 誰かが死んだことで、条件が一つ完成した。


「……杜下さん」

 万央は、低く言った。

「今後、立入規制だけでは足りません」


 杜下は、即座に理解した。

「強制的に、入れないことが必要ですか?」


「ええ」


 万央は、踊り場の方向を見た。

 建物の中から、音は聞こえない。


 だが――待っている。


「これは、場所に残る事故です」

 万央は、業者に向き直る。

「貴方が悪いわけではありません。ですが、もう二度と近づかないでください」


 業者は、強く頷いた。


「……はい。あそこ、なんか、“立ってほしかった”気がして」


 万央は、その言葉を聞き逃さなかった。




 警察車両の横で、杜下が低く言う。

「……封じるって、具体的に何をするんですか」

 万央は、少し考えてから答えた。


「記録を閉じます」

「記録?」


「事故としても、怪異としても。“続いている”扱いを、やめさせる」


 杜下は、眉をひそめる。

「でも、人はもう死んでます」


「はい」

 万央は、静かに言った。

「だからこそ、“これ以上起きない”と、誰かが決めなければならない」


「……誰が」

 万央は、迷わず答える。

「市です。紋霞市が」


 風が吹き、規制テープが揺れた。

 その一瞬。

 庁舎の中から、一人分の靴音が、確かに聞こえた。


 誰も、見なかった。

 だが全員が、同時に息を止めた。


 万央は、即座に言った。

「今から、封印手続きに入ります」

 杜下が頷く。

「警察、全面協力します」


 第二の死は、防がれた。

 だが――この場所は、まだ終わっていない。


 ここから先は、「閉じる」では済まない。

 封印という言葉が、ようやく現実味を帯び始める。



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