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業務成績が妙に安定している部署

 月例報告書を見ていた斎藤万央(さいとうまひろ)は首を傾げた。


 外郭団体――

 正式名称は「紋霞市(あやかし)地域生活支援センター運営機構」。

 市役所の別館扱いだが、実態は委託と直営の中間にある、少し曖昧な部署だ。


 相談件数、処理速度、未対応案件数。

 どれも、ここ半年ほど“異様に安定”している。


 突出して優秀なわけではない。

 むしろ、職員数は減っている。

 欠員も補充されていない。


「……人、増えてないですよね」


 万央は、担当課の係長に資料を差し出した。

 係長は眼鏡を押し上げ、困ったように笑う。


「それがですね……増えてないはずなんですけどね」

「“はず”?」


「予算上は、です」


 万央はそれ以上追及しなかった。

 こういう言い方をする時、現場はたいてい、もう気付いている。




 センターを訪れたのは、平日の午後だった。


 建物は古いが、清掃は行き届いている。

 掲示物は整っていて、相談窓口の回転もいい。

 万央が感じた違和感は、もっと地味なものだった。


 ――忙しさの“匂い”がない。

 人手不足の部署特有の、張り詰めた空気がない。


 なのに、仕事は回っている。

 受付に声をかける。


「市役所から来ました。斎藤と申します」

「はい、お待ちしていました」


 対応した職員は、即座に案内した。

 誰に引き継ぐかで迷う様子もない。


「本日の業務体制について、少し確認させてください」

「分かりました」


 会議室で名簿が出された。

 そこに、一つだけ、万央の視線が止まる。


 ――名前はある。

 だが、肩書きが曖昧だ。


「この方は?」

 万央が指さす。


 職員は、ほんの一瞬、言葉に詰まった。


「……臨時、ですね」

「臨時職員?」


「はい。業務補助です」

「いつから?」


「……いつからでしたっけ」

 周囲の職員も顔を見合わせる。


「前から、いたような」

「でも、急に来た感じでもなくて」

「自然に、です」


 万央は、名簿の名前をもう一度見た。

 文字は、はっきり書かれている。

 だが違和感があった。


「今日は、出勤していますか」

「している、はずです」


 誰も断言しない。




 フロアを回る。


 電話は鳴り、書類は処理され、相談者は滞らない。

 誰かが確実に動いている。


 だが、その「誰か」に視線を向けると、いつも少し遅れる。


「あ、今……」

「今、そこに……」


 声をかけようとすると、もういない。

 存在感が、薄い。


 万央の背中に、ひやりとしたものが走る。

 これは――隠れている怪異ではない。

 溶け込んでいる。

 しかも、目的は明確だ。


 ――働くこと。


 事務室の隅で、万央は小さく息を整えた。

 これは、被害が出てからでは遅い案件だ。

 便利で、無害で、誰も疑問を持たない。

 だからこそ、誰も「責任」を引き取らない。


「……欠員を、埋めたんですね」


 誰にともなく呟く。

 その時、背後から声がした。


「はい。頼まれましたから」


 振り返る。

 そこに、人影があった。

 はっきりした輪郭。

 だが、視線を外すと、すぐに意識から抜け落ちそうになる。


「人が足りないと、皆さん困っていたので」


 穏やかな声だった。

 性別も年齢も、はっきりしない。


「だから、やりました」


「何を?」

 万央が問う。


「何でも、です」


 それが、答えだった。

 万央は、ゆっくり頷いた。


 ――これは、「勝手に居着いた」怪異ではない。

 頼まれて、働いている存在だ。


 その事実が、この案件を、ひどく重くしていた。


 万央は、名簿を閉じる。

「……分かりました」

 そう言ってから、静かに続けた。

「まず、状況整理をします」


「はい」

「次に、責任の所在を明確にします」


「はい」


「その上で――」

 一拍置く。

「貴方を、このままにするかどうかを決めます」


 怪異は、少しだけ首を傾げた。

「“このまま”とは?」


 万央は答える。

「便利なまま、です」


 怪異は、それが何を意味するか、

 まだ知らない。


 そして万央は、それを知っている立場になったことを、はっきり自覚していた。



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