残らない名前
金曜日、午後四時半。
怪異対策課の会議室には、いつもより人が少なかった。
緊急性はない。
だが、前例が出来たあとの確認会議だった。
議題は一つ。
――再発防止。
資料の表紙には、簡素なタイトルが記されている。
死亡未確定者対応フロー(内部)
公開予定:なし
市民向け説明資料:作成せず
問い合わせ対応:原課差し戻し
善野亘が、小さく息を吐いた。
「……名前、露骨ですね」
「露骨でいい」
古参職員が言う。
「ぼかすと、誰も使わない」
この書類は、条例でも、要綱でもない。
あくまで内部処理だ。
だが、これが出来たことで、同じ“止まり方”は、もう許されなくなる。
フローは、簡潔だった。
・死亡確認が取れない
・だが、社会的役割が長期にわたり消失
・関係機関が「存在前提」で動いていない
・家族・関係者が処理を保留している
その場合――
「社会的役割終了扱い」として内部決裁を行う
そして、最後にこうある。
※本処理は救済を目的としない
※情状は考慮しない
※責任主体は「制度」とする
万央は、その一文を確認し、頷いた。
これは冷たい。
だが、逃げない文章だ。
「岡本絢太の名前は?」
杜下卓が、確認する。
戸籍課の担当が答えた。
「正式な戸籍からは、消えました」
言葉に、わずかな重みがあった。
「ただし――」
担当は、資料の最後のページを示す。
内部文書の注釈欄。
そこに、括弧書きで記されている。
(本フロー初適用事例:岡本絢太)
善野が、静かに言う。
「表からは消えるけど、完全には消さないんですね」
「消すと、同じことを繰り返す」
古参職員は、淡々と答えた。
「これは供養じゃない。記録だ」
会議は、それで終わった。
誰も拍手しない。
達成感もない。
ただ、
「もう同じ人は出さない」
それだけが、共有された。
数日後。
万央は、例の住宅地を訪れた。
岡本絢太の部屋は、空だった。
管理会社が入り、鍵は交換され、郵便受けは外されている。
そこに、何かが“消えた”痕跡はない。
ただ、最初から誰もいなかったような状態。
それが、この案件の終わり方だった。
帰庁後、万央は報告書の結語を書く。
簡潔に。
余分な感情を入れず。
「生きていることになっている人」は、制度が作る怪異である。
祓えない。
話し合えない。
暴れもしない。
だが、確実に“在り続ける”。
だからこそ、制度が責任を持って終わらせなければならない。
窓口は、今日も静かだ。
誰も、「自分は生きていることになっている」とは、相談に来ない。
来ないままでいられるように、その書類は、金庫の一番下に仕舞われた。
知られないことが、今回の再発防止だった。




