寄られやすいのは、性格です
怪異対策課の午後は、静かだった。
電話は鳴らず、窓口も空いている。
斎藤万央は端末に向かい、善野亘はコピー機の前に立っていた。
紙が詰まったわけでもないのに、彼は、妙に真剣な顔をしている。
「……斎藤さん」
「はい」
「ちょっと、聞いてもいいですか」
万央は顔を上げた。
善野は、言いにくそうに切り出した。
「最近、その……物が、よく話しかけてくる気がして」
万央は、すぐには否定しなかった。
「具体的には?」
「コピー機が、“もう一枚あるよ”って顔するんです」
「……顔」
「気配、です」
善野は慌てて付け足す。
「声は聞こえません! ただ、こう……気を配ると、返ってくる感じで」
万央は、女子高生の案件を思い出していた。
「最近、怪異案件を多く見ましたか?」
「はい。例の高校生の件とか、山川さんの件も」
善野は、少し困った笑いを浮かべる。
「もしかして、僕も“寄られやすい”んじゃ……」
万央は、業務用のチェックリストを引き寄せる。
・影が増える → なし
・重さを感じる → なし
・体調不良 → なし
・睡眠不足 → あり
「睡眠、何時間ですか」
「四時間半です」
「それです」
善野は、固まった。
万央は、淡々と言う。
「善野くんは、寄られやすいんじゃありません。“反応しやすい”だけです」
善野は、首を傾げる。
「違うんですか?」
「違います。寄られる人は、境界が薄い。善野くんは、境界を気にしすぎる」
善野は、少し考えた。
「……それ、どっちが良いんですか」
「業務上は、今のままで十分です」
万央は、コピー機の表示を見る。
「残り紙、ありますね」
「あ」
善野は、画面を見て納得する。
「これ、僕が昨日補充したやつです――覚えていたから、“ある気がした”……?」
善野は、少し恥ずかしそうに笑った。
「……ただの気配力ですね」
「観察力です」
念のための助言として、万央は付け加える。
「もし、本当に寄られ始めたら。善野くんは、真っ先に相談に来るタイプです。大丈夫です。ちゃんと、対応します」
善野は、その言葉に少し安心した顔をした。
「それなら……大丈夫ですね」
務終了間際。
善野が言う。
「今日は、早く帰ります」
「いいことです」
善野は、デスクを片付けながらぽつりと呟いた。
「……コピー機に、お礼言わなくてよかった」
万央は、少しだけ微笑んだ。
書かれることの無い報告書。
その結語。
「当課職員・善野亘
感受性高めだが、怪異誘引性なし。
疲労由来の認知拡張と判断。
休養推奨。」
そんな報告書は、どこにも残らない。
だが、善野亘は今日も、安心して働いている。




