比較文化上、問題ありません
午後四時。
紋霞市役所怪異対策課。
窓口が閉まるまで、あと一時間。
その時間帯に、斎藤万央は一番気持ちを引き締める。
逢魔が時。誰そ彼時。
昼と夜とが移り変わる時間は、人と怪異とが移り変わる時間でもある。
電話が鳴った。
「万央さん。テディです。ちょっと“国際案件”かもしれない相談で」
声はいつも通り穏やかだが、彼がこの言い方をするときは、既に結論が半分出ている。
紋霞国際文化大学、国際文化学部棟。
問題は、留学生用の共同ラウンジだった。
•夜になると椅子の配置が変わる
•置いたマグカップが増える
•誰もいないのに、複数言語の「ため息」がする
ただし、
•破損なし
•盗難なし
•苦情は「落ち着かない」という感覚的なものだけ
大学側は困っているが、警察案件でも、施設トラブルでもない。
ターナーは言う。
「学生たちはね、“幽霊”だと思ってない。“共有空間の癖”だと思ってる」
万央は、その言い方に少しだけ頷いた。
ターナーはホワイトボードに、簡単な図を書く。
日本:
・空間は「管理されるもの」
・使わない存在は“いない”ことになる
英国(および欧州の一部):
・空間は「使われ続けるもの」
・過去の使用者は、薄く残る前提
「ここね、昔は国際交流会館だったでしょう。短期滞在者、研究員、交換留学生……。誰も“定住”してない」
万央は、理解する。
これは霊ではない。怪異かどうかですら、微妙だ。
“空間に慣れすぎた記憶の残滓”。
そう判断した。
万央は言う。
「排除対象ではありません。ただし、日本の施設では“居続ける理由”が必要です」
ターナーが少し笑った。
「なるほど。理由がないと、居られない」
「はい」
万央は、いつもの対応を取る。
・利用規約に一文追加
「本ラウンジは、使用後に原状復帰すること」
・掲示は 日本語・英語・簡易ピクトグラム
・夜間清掃時、必ず一脚だけ椅子を残す
ターナーは目を瞬かせた。
「……それは?」
「“居場所が完全になくならない”ためです」
結果として、翌週から
・椅子は動かない
・マグカップは増えない
・ため息は消えた
ただし、夜のラウンジには、一脚だけ、誰も使わない椅子が残る。
学生は誰も気にしない。
むしろ「落ち着く」と言う。
帰り道、ターナーは言った。
「万央さんは、“どちらが正しいか”を決めないね」
万央は答える。
「制度に落とせる形だけ、選びます」
「文化的には?」
「……比較対象にしません」
ターナーは、満足そうに頷いた。
「それが一番、国際的だ」
報告書・結語。
「文化差異による空間認識の残滓と判断。
明文化対応により安定。
当該怪異は“扱われた”ことで沈静化した」




