お昼休みに甘いものを
昼休みの怪異対策課は、静かだった。
電話は鳴らない。
窓口も空いている。
つまり、平和だ。
齋藤万央は、自席で書類をめくりながら、時計をちらりと見た。
十二時二十分。
あと十分で、課内がそれぞれ勝手に昼食を取り始める時間だ。
そのとき、ドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、山川主悦だった。
鬼名:豪毅。
だが、今の彼は紋霞市在住の一般市民であり、防災協力者であり、そして——
両手に紙袋を提げていた。
「……何かありましたか」
万央が言うと、山川は少し照れたように頭を下げた。
「いや、その……防災課の人から、感謝状の代わりみたいなもんだって、これをもらいまして」
紙袋の中身は、和菓子だった。
包装が丁寧で、季節限定の文字が見える。
「余るんです」
山川は真顔で言った。
「甘いものは嫌いじゃないんですが、一人で食べると、どうも……力が有り余る気がして」
万央は一瞬考え、それから言った。
「……休憩室、使いますか」
「いいんですか」
「はい。今は業務外ですから」
十分後。
怪異対策課の小さな休憩室には、珍しく人が集まっていた。
善野亘は、湯呑みを手にして目を丸くしている。
「え、あの……鬼の方って、和菓子召し上がるんですね」
「食べますよ」
山川は普通に答えた。
「洋菓子もいけます。ただ、バターが強いと、ちょっと床が……」
「やめてください、それ以上聞きたくないです」
善野は慌てて止めた。
そこへ、杜下卓が弁当を持って入ってくる。
「お邪魔しまーす。お、今日は賑やかですね」
状況を一目で察し、何も聞かずに席につくあたり、交番勤務経験者の勘だった。
山川は、桜餅を一つ手に取り、少し考えてから言った。
「……こういうの、久しぶりです」
「?」
「山にいた頃は、甘いものは供えられる側でしたから」
万央は、それを聞いて穏やかに言う。
「今は、生活者ですから」
「……そうですね」
鬼は、少し嬉しそうに笑った。
和菓子は減っていった。
床は無事だった。
天井もきしまず、椅子も壊れない。
善野がぽつりと漏らす。
「なんか……普通ですね」
杜下が頷く。
「普通っすね」
万央は、書類を閉じて言った。
「普通でいてもらうための課ですから」
山川は最後に、深く頭を下げた。
「いつも、ありがとうございます」
「こちらこそ。溢れないように、また何かあれば」
「はい。次は……羊羹とかにします」
「床に優しいものでお願いします」
昼休みが終わり、山川は帰っていった。
怪異対策課の午後は、相変わらず静かだった。
報告書は作られない。
案件番号も付かない。
ただ、休憩室の予定表に、善野がこっそり書き足していた。
「不定期:差し入れ(山川さん)」
誰も消さなかった。




