守るという暴力
翌日。
紋霞市役所の小会議室。
斎藤万央は、資料を前に座っていた。
集められたのは、関係部署の担当者たちだ。
公園管理課。道路交通課。防災課。
そして――市民生活安全部。
全員、表情は硬い。
「まず確認します」
万央が口を開く。
「今回の遊歩道について、怪異の直接関与は確認されていません」
一瞬、空気が緩む。
だがすぐ、誰かが言った。
「だからこそ、危険がないとは言い切れないでしょう」
防災課だ。
「“何も起きていない”場所で、事故が起きたら、説明がつかない」
道路交通課が続く。
「立入禁止にしておけば、少なくとも責任は回避できます」
万央は、黙って聞いていた。
全員が、“正しい”。
「では、もう一枚目の資料へ移ります」
万央は、資料の一枚を示した。
「この遊歩道が使われなくなってから、五年。この間、周辺で不審者通報が三件増えています」
公園管理課が顔を上げる。
「……関係ありますか?」
「あります」
万央は言った。
「人が通らない場所は、“見えない場所”になります。見えない場所は、集まります。人も、怪異も」
室内が静まり返る。
生活安全部が、慎重に言う。
「つまり……閉じたことで、別の危険を作ったと?」
「はい」
万央は、淡々と肯定した。
「守るために閉じた。その結果、“人がいないこと”が常態化した。これは、意図せず暴力になっています」
「暴力、は言い過ぎでは……」
誰かが言いかけたが、万央は言葉を重ねた。
「利用者から選択肢を奪う。理由を説明せず、戻す手段も示さない。それは、制度による強制です」
沈黙。
誰も反論しない。
できないのだ。
「提案があります」
万央は、解除案を配った。
・昼間のみ段階的に解放
・巡回頻度を一時的に増加
・注意喚起は具体的に記載
・事故時の責任主体を、市の管理判断として明文化
「責任を、個人に押し付けません。制度が引き受けます」
防災課が、深く息を吐く。
「……それなら」
「判断できます」
会議は、長引いたが、荒れなかった。
誰も“守らない”とは言っていない。
ただ、守り方を変えるだけだ。
その日の夕方。
万央と善野は、再び現地にいた。
柵の一部が外され、「昼間開放」の札が掛かっている。
まだ、誰も通っていない。
「……何も変わらないですね」
善野が言う。
「今日は」
万央は答えた。
「でも、“通れる”という事実が戻った」
二人は、遊歩道の入口に立った。
そのとき、近所の高齢の女性が声をかけてきた。
「あら、開いたの?」
万央は頷く。
「昼間だけですが」
女性は、嬉しそうに笑った。
「よかった。遠回りしなくて済むわ」
そのまま、女性は歩き出す。
足取りはゆっくりだが、迷いがない。
善野は、小声で言った。
「……怪異、出ませんね」
「出ません」
万央は、女性の背中を見ながら言う。
「最初から、いなかった可能性もあります」
「じゃあ、五年間のあれは……」
「人が作った“空白”です」
しばらくして、別の人も通った。
学生。犬の散歩。自転車を押す男性。
遊歩道は、静かに“場所”に戻っていった。
その夜、万央は報告書の結語を書いた。
「当該地点における異常は、怪異そのものではなく
管理上の過剰抑制によって発生した二次的影響と判断
人の利用を再開することで、自然解消が見込まれる」
怪異は、いつも何かとして現れるわけではない。
時には、何もないことを、続けすぎた結果として現れる。
万央は、それを処理する。
祓わず。
封じず。
戻す。




