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立入禁止が増えている

 平日の午前。

 怪異対策課の執務室は、静かだった。

 電話も鳴らず、窓口も空いている。

 斎藤万央(さいとうまひろ)は、いつものように書類をめくっていた。

 そこへ、善野亘(よしのとおる)が声をかける。


「斎藤さん。ちょっと、これ……変じゃないですか」


 差し出されたのは、市内施設の一覧表だった。

 万央は目を落とす。


 赤い文字で、「立入禁止」。

 一つや二つではない。

 公園、空き地、歩道、遊歩道、旧集会所。

 しかも、理由欄はどれも似通っていた。


 ――安全上の配慮のため

 ――念のため

 ――当面の措置


「増えてますね」

 万央は淡々と言った。

 善野は少し言い辛そうに続ける。


「でも、事故は起きてないんです。怪異報告も、最近は……」

「ない?」


「はい。むしろ、何も」


 万央は一覧をめくる。

 どの場所にも共通点があった。


 数年前、軽微な怪異報告が一度だけあった。

 影が見えた。

 音がした。

 誰かが立っていた気がした。

 いずれも被害なし。


 その後、念のための立入制限。

 そして、そのまま。


「解除申請は?」

「出てません。使う人がいないので」


 万央はペンを置いた。

「……使えないから、使われなくなったんです」

 善野は一瞬、黙る。


「それ、違いあります?」

「あります」


 万央は、静かに言った。

「前者は対策。後者は結果です」




 午後。

 万央は現地確認に出た。

 最初の場所は、小さな公園だった。

 ブランコも滑り台もある。


 だが、柵が設けられ、黄色いテープが張られている。

 風が吹く。

 木々が揺れる。


 何も起きない。


「……静かすぎますね」


 同行した職員が言う。

 万央は周囲を見る。

 落ち葉は溜まり、遊具は少し錆びている。

 人の気配が、長くない。


「怪異反応は?」

「ありません。測定値も通常範囲です」


 万央は頷いた。

「元々、弱いものだったんでしょう」

「じゃあ、なぜ……」


「守りすぎたんです」

 万央は、柵の外から公園を見たまま言う。

「入らない。触らない。使わない。そうすれば、何も起きません。でも――」

 万央は、少しだけ言葉を選んだ。

「それは、街としては不健全です」




 帰庁後。

 万央は各課の対応履歴を集め始めた。


 防災課。

 公園管理課。

 道路交通課。

 市民相談課。


 どれも、正しい判断だった。


「念のため」

「万が一を避けるため」

「責任の所在を明確にするため」


 誰も、間違っていない。

 だが。

「結果として、空白が増えている」

 万央は、報告書の下書きにそう書いた。


 怪異は、消えていない。

 ただ、人がいなくなっただけ。


 窓口の外で、夕方のチャイムが鳴る。

 今日も、被害はない。

 危険も顕在化していない。


 それでも、万央ははっきりと感じていた。


 ――これは、放置すれば歪む。

 怪異ではなく、街のほうが。



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