鬼は子供に弱い
怪異対策課に、一本の電話が入ったのは午後四時過ぎだった。
発信元は、防災課。
「……斎藤さん。あの、山川さんの件なんですが」
万央はすぐに察した。
「何か、問題が?」
「いえ、問題というか……困ってるには、困ってるんですが……」
山川主悦――鬼名・豪毅は、現在も紋霞市在住である。
地域防災協力者としての登録は継続中。
訓練参加率は百パーセント。
苦情ゼロ。
ただし。
「最近、子供が集まるんです」
防災課職員は、真顔で言った。
「……集まる?」
「はい。公園清掃とか、倉庫整理とか。気付くと、小学生が手伝ってるんです」
万央は、現地確認に向かった。
防災倉庫の前。
山川は、いつもの作業着姿で、木箱を運んでいた。
その周囲に、三人の子供。
「すごーい!」
「持ち上げた!」
「おじさん、力あるね!」
山川は、完全に困っていた。
「……危ないから、下がりなさい」
声は低く、体格も大きい。
だが、子供たちは怯えない。
「だいじょーぶ!」
「鬼でしょ!」
その単語に、山川の動きが止まった。
「……誰から聞いた」
「おばあちゃん!」
万央は、少しだけ頭を押さえた。
「山川さん」
声をかけると、山川はほっとしたように振り向いた。
「斎藤さん……」
「状況説明をお願いします」
山川は、正直に話した。
防災訓練の帰り、公園の遊具を直していたら、子供が集まった。
重い物を動かす。壊れた所を支える。誰もケガをしない。
それだけだ。
「……怒られるかと思ってました」
「何か、教えましたか」
「いえ。危ないことは、させていません」
万央は、子どもたちを見る。
全員、楽しそうだ。
怖がっていない。
「問題は、そこじゃありません」
万央は言った。
「山川さん。力、使い過ぎです」
山川は肩を落とす。
「……余ります」
万央は、少し考えてから続けた。
「では、正式にします」
対応は、書類一枚だった。
「地域防災体験協力者(見学限定)」
子供は参加不可。
ただし、「見るだけ」は可。
山川の役割は、危険な作業を、安全な位置から、見せること。
力を使う。
だが、触れさせない。
境界を引く。
掲示を見た子供が言った。
「じゃあ、見てていいの?」
山川は、少しだけ笑った。
「……見るだけだ」
数日後。
防災課からの報告。
「子供たち、落ち着きました。山川さんは、説明が上手いですね」
万央は、報告書に目を通す。
「対象、安定。
力の滞留なし。
周囲への影響、軽微」
備考欄に、一文だけ足す。
「なお、子供対応時は、声量注意」
帰り際、山川が言った。
「斎藤さん」
「はい」
「……鬼は、子供に弱いですね」
万央は、少しだけ考えて答えた。
「人も、同じです」
山川は、納得したように頷いた。
その日も、紋霞市は平和だった。




