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片思い

 怪異対策課の午後は静かだった。

 電話も来ない。窓口も空いている。


 そんな中で、善野亘(よしのとおる)が、そわそわしていた。

 席を立っては戻り、ペンを回しては止める。

 斎藤万央(さいとうまひろ)は、書類から目を上げた。


「……善野くん」

「はいっ」


 返事が早すぎる。


「何かありましたか」

 善野は一瞬迷ってから、声を潜めた。

「その……怪異ってほどじゃないかもしれないんですけど……」


 万央は頷いた。

「話してください」




 発端は、数週間前。

 善野が夜遅くまで残業していると、給湯室に、必ず温かいお茶が用意されている。

 誰もいないはずの時間帯。

 急須はきれいに洗われ、湯呑みは一つだけ。


「最初は、誰かの善意だと思ったんです」


 善野は苦笑する。

「でも、僕しか残ってない日が続いて……」


 さらに。

 コピー用紙が切れる前に補充される。

 椅子が、座りやすい位置に戻されている。

 雨の日は、傘立てに、善野の傘だけが前に出ている。

 どれも、親切だった。


「……困ってはいないですね」

 万央は確認する。

「はい。むしろ、助かってます」


「怖さは?」

「ないです」


「接触は?」

「ないです」


 万央は少し考えた。

「相手に、心当たりは」

 善野は、耳まで赤くして首を振った。

「な、ないです!」




 万央は、給湯室を見に行った。

 空気は穏やかで、重さもない。

 ただ、一点だけ――視線が、善野の席に向いている。

 人に向けるそれと、ほとんど変わらない。


 万央は、声を低くして言った。

「……想っているだけ、ですね」


 返事はない。

 だが、否定もない。


「彼は、人間です」


 空気が、少しだけ揺れた。


「それ以上は、できません」


 それでも、離れようとする気配はなかった。

 万央は、行政的な結論を出す。


「害はありません。苦情もありません。業務に支障もない」


 そして、付け足す。


「――ただし、期待させる行為は禁止です」


 その瞬間、給湯室の空気が、ほんの少し、しょんぼりした。




 善野には、簡単に説明した。

「気にしなくていいですよ」

「え、それだけですか?」


「ええ」

「……放置?」


「放置です」


 善野は納得しきれない顔をしたが、万央はそれ以上言わなかった。

 知らない方が、いいこともある。




 それからも、夜のお茶は置かれ続けた。

 ただし、以前より少し薄い。

 ある日、善野は同僚に言われた。


「善野くん、最近、誰かに見守られてる感じしない?」

「……え?」


 その晩、給湯室には何もなかった。

 次の日から、お茶は置かれなくなった。


 それでも、善野が疲れている日は、なぜか仕事が早く片付く。




 報告書の結語。


「一方向性の情動を確認。

 対象は自制可能。

 人間側への介入意図なし。

 経過観察不要」


 万央は、最後に一行、個人的に書き添えた。

「――想うだけなら、問題なし」



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