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いたずら

 平日の午前十一時。

 怪異対策課の窓口に、三人連れが現れた。

 母親と、保育園くらいの男の子、そして少し後ろに立つ、祖母と思しき女性。

 三人とも困ってはいるが、切迫してはいない。


「すみません、相談というほどでもないんですけど……」


 母親が申し訳なさそうに切り出す。

「家の中で、物がよく隠れるんです。鍵とか、リモコンとか。朝には戻ってるんですけど……」


 万央(まひろ)は頷き、相談票を引き寄せる。


「紛失ではなく、移動ですね」

「はい。なくなるわけじゃなくて」


 隣で、男の子がじっと万央を見ている。

 興味深そうというより、「知っている人」を見る目だ。


「どんなふうに戻りますか?」

「洗濯機の上とか、カーテンレールの上とか……」


 祖母が苦笑いする。

「この子は全然気にしてないんですよ」


 男の子は頷いた。

「だって、あそんでるだけだもん」


 その一言で、万央は大体を察した。




 現地確認は、その日の午後に行われた。

 築年数の経った集合住宅。

 掃除は行き届いているが、建具は少し古い。


 玄関を入った瞬間、万央は気付く。

 視線が低い。

 床に近いところに、動きの気配がある。


 しかし――重くない。

 圧もない。


 ただ、落ち着きがないだけだ。


「こんにちは。市役所です」

 そう声をかけると、カーテンが、ふわりと揺れた。

 男の子が言う。


「ほら。いるでしょ」


 母親が慌てる。

「こら、そういうこと言わないの」

 万央は首を振った。


「大丈夫です」


 しゃがみ込み、床と同じ高さで言う。

「隠すの、楽しいですか?」

 少し間があってから、カーテンの影から、小さな声がした。


「……たのしい」


 声は幼く、澄んでいる。

 姿は見えないが、形は想像できた。

 家鳴りや隙間に宿る、小さなもの。

 いわゆる「座敷童」に近いが、住み着くほど強くない。


 万央は続ける。

「でも、大人は困ります」


 すぐに返事が返る。

「こどもは、こまらない」


 男の子が胸を張る。

「ぼく、すぐ見つけられるもん」


 その通りだった。

 子供は目線が低く、探し方が違う。

 だから困らない。


 万央は少し考えてから、言葉を選んだ。

「じゃあ、こうしましょう」




 対応は、極めて簡単だった。

 家の一角に、小さな箱を置く。

 中身は空。

「ここなら隠していい」という場所。

 そして、貼り紙を一枚。


『あそぶのは、ここまで』

 文字は、ひらがな多め。


 万央は、箱に向かって言う。

「ここなら、誰も怒りません」


 少しの沈黙の後、空気が軽くなる。

「……ごめんなさい」

 小さな声。


「もう、かくさない?」


「うん。びっくりさせるのも、ここまで」

 しばらくして、箱の中に、鍵が一つ、ちょこんと置かれた。




 帰り際、母親が何度も頭を下げる。

「本当に、こんなことで……」


 万央はいつも通り答える。

「生活に支障が出ていましたから」


 男の子が手を振る。

「ばいばーい」


 その背後で、カーテンが、少しだけ揺れた。




 後日。

 怪異対策課に届いた報告。


「以後、物品移動なし。

 ただし、時折、箱の中に小石やどんぐりが入っている」


 万央はそれを読み、備考欄に一行足した。


「謝罪行動を確認。

 低年齢者に対する悪影響なし。

 経過観察終了」


 その日も、窓口は静かだった。

 大人は困り、子供は笑い、怪異は反省した。


 それで十分だと、斎藤万央は思っている。



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