ひとつ多い靴箱
雨上がりの午後。
怪異対策課に、学校教育課から回ってきたメモがあった。
「小学校の靴箱が、増えている気がする」
“気がする”。
その時点で、緊急性は低い。
齋藤万央が訪れたのは、紋霞市立みどり小学校。
昇降口は、子供特有の匂いがする。
土と消しゴムと、少しの汗。
問題の靴箱は、一年生の列だった。
名簿上は三十人。
靴箱は、三十一。
しかも――
増えているのは、いつも同じ端。
「撤去しようとすると、翌日戻ってるんです」
教頭は困ったように笑う。
「でも、邪魔でもないし……」
万央は、靴箱を観察する。
新しくも古くもない。
ただ、少しだけ――木目が優しい気がした。
中を見ると、上履きが一足。
サイズは、どれでもない。
大きすぎず、小さすぎず。
放課後。
子供たちに、さりげなく聞く。
「この靴箱、誰の?」
一年生の女の子が即答する。
「ここ、あの子の」
「どの子?」
「えっと……いっしょに、ならぶ子」
またか、と万央は思う。
ひかり保育園の件と、似ている。
裏庭を見る。
校庭の端に、小さな祠が残っていた。
今は使われていない。
結論は早かった。
通学を見守る、小さな神様。
転んだ子の前に立つ。
忘れ物を拾う。
列が乱れると、間に入る。
だから――靴箱が要る。
対応は簡単だ。
・靴箱はそのまま
・点呼には含めない
・清掃当番表には載せない
そして、教頭に一言。
「壊さないでください」
数日後。
雨の日に、一年生が一人転びかけた。
誰も触っていないのに、体が支えられた。
靴は濡れなかった。
先生は見ていない。
子供は気にしない。
学期末。
クラス替えで、靴箱を入れ替える日。
三十一番目の靴箱は、静かに、消えていた。
報告書。
「通学見守り型小神。
学年進行に伴い役目終了」
万央は、靴箱のあった場所を一度だけ見る。
何もない。
けれど、そこは少しだけ、温かかった。
彼女は、それを記録しない。
――必要が、ないからだ。




