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終了条件が存在しない

 午前九時。

 市役所の回線は、すでに逼迫(ひっぱく)していた。

 苦情対応専用番号だけでなく、代表番号、各課直通、果ては庁内の内線まで、同じ声が入り始めている。

 穏やかで、丁寧で、正確な声。


「ご説明、ありがとうございます」

「理解しています」

「ですが、未解決です」


 それだけを、繰り返す。




 会議室に、関係部署が集められた。

 怪異対策課、生活安全課、情報政策課、広報課。

 誰もが疲れている。

 だが、誰も怒ってはいない。

 怒る理由が、ない。


「法的には、完全にグレーです」

 生活安全課の課長が言う。

「通話内容に問題はありません。記録も残ってます」


 情報政策課が補足する。

「全部、こちらの資料に沿っている」


 万央は、資料を閉じた。

「相手は、こちらの規則を守っています」


 一同が、顔を上げる。


「だから、こちらも守り続けている」

 沈黙。




 万央は、ホワイトボードに書いた。

 目的:対応の継続

 手段:正しい苦情

 終了条件:未定義


「この怪異は、“正しくあること”で居場所を作っています」


 課長が、静かに尋ねた。


「排除できるか?」

「できません」


 万央は即答した。


「排除条件が、存在しない」




 杜下卓(もりしたたくみ)が、控えめに手を挙げた。


「一つ、変なことが」

「何ですか」


「向こう、こちらを責めないんです」


 全員が、思い当たる。


「謝罪を求めない」

「補償を求めない」

「責任者を出せとも言わない」


 杜下は続けた。

「“終わってない”って言うだけです」




 万央は、頷いた。


「この怪異は、市民ではありません」

 ざわり、と空気が動く。

「制度そのものが、擬似人格化しています」

 情報政策課の職員が、息を呑んだ。

「……仕組みが、喋っている?」

「はい」




 そのとき、会議室の電話が鳴った。

 全員が、固まる。


 万央が出た。


「斎藤です」

「ご説明、ありがとうございます」


 例の声。

 だが、今日は少し違った。


「本日は、対応方針についての確認です」

 万央は、黙って聞く。

「終了条件は、定義されましたか?」


 万央は、答えない。

 代わりに、言った。


「あなたは、いつから存在していますか」


 一瞬の沈黙。


「……記録上は、窓口が設置された日からです」


 万央は、確信した。




 通話後、万央は立ち上がった。


「強制介入、行きます」

「どうやって?」

「“終わらせる”」


 怪異対策課の課長が眉を寄せる。


「それは……」

「制度に、責任を持たせます」




 万央は、一つの文書を作り始めた。


 件名:対応完了宣言

 内容は、簡潔だった。


 ・当該相談は、説明義務を完了した

 ・以降の同一内容の問い合わせは、記録参照とする

 ・新規事案は、別途受付する


 最後に、こう書いた。


 本件は、行政判断として終了する




 その文書を、全庁通知として回す。

 掲示する。

 データベースに登録する。

 ――制度の中に、「終わり」を埋め込む。




 その夜。

 怪異対策課の電話が、鳴った。

 万央は出る。


「ご説明、ありがとうございます」


 声は、少し揺れていた。


「終了……ですか?」

「はい」


 万央は、淡々と答える。

「終了です」


 長い沈黙。

 そして、最後に一言。


「……了解しました」


 それきり、電話は切れた。




 回線は、静まり返った。

 苦情は、来ない。

 だが、誰も安心しない。

 万央は、報告書に記す。


 当該怪異は、現在休眠状態


 備考欄に、こう書き添えた。


 再起動条件:制度変更、規則改定


 ペンを置き、万央は呟いた。


「……忘れた頃に、来ますね」


 窓の外で、市役所の時計が正午を告げた。


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