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霞ケ丘団地 転落死亡事案

(怪異対策課 内部参考記録・抜粋)


 通称:「霞ケ丘(かすみがおか)団地 転落死亡事案」

 正式記録名:「市営霞ケ丘団地 第三号棟 居住者転落による死亡」


 警察記録上は事故死。

 怪異対策課の内部資料では「例外事案」と分類されている。


 発生は今から十二年前。

 被害者は四十代男性。単身入居。無職ではないが在宅時間が長い。

 深夜、ベランダから転落。争った形跡なし。遺書なし。

 警察の判断は「酔っていた可能性のある転落事故」。

 事件としては、早期に終了している。


 しかし、以下の点において、いくつかの不整合が確認されている。


 一、近隣住民の証言

 複数の住民が、事故当時について次のように証言している。

「その時間、ベランダに二人いた」

「話している声がした」

 ただし、会話の内容は思い出せない。

 声の高さ、年齢、性別についても証言は一致しない。

 証言は一致しないが、否定もできない。


 二、被害者の生活状況

 被害者宅には以下の点が確認された。

 コップが二つ。椅子が二脚。食事の痕跡が二人分。

 しかし、同居人の届け出はない。

 近親者も「一人暮らしだった」と証言している。


 三、防犯カメラ映像の不可解な点

 被害者は一人で帰宅している。

 しかし映像の途中、画角外に向かって会話するような仕草が確認される。

 ベランダに出る直前、誰かに場所を譲るような動きも見られる。


 以上を踏まえ、怪異対策課内部では、以下の推定がなされた。

 被害者は「増えた住民」ではない。

 増えた住民を「居るものとして扱った人間」である。

 すなわち、存在を確定させてしまった側である。


 その時何が起こったのか。


 被害者は長期間、団地内の「欠員」を感じていた。

 そして、それを否定せず、受け入れていた。

 ある夜、その存在が「一緒に外を見よう」と誘った。

 被害者は怖がらず、疑わず、人として対応した。

 その結果、境界が崩れ重さの分配が狂い、「一人分多い場所」が、物理的に足りなくなった可能性がある。



 本件が「例外事案」とされた理由は以下の通りである。

 通常の霞ケ丘団地案件において、増えた住民は直接触れず、強く干渉せず、危害を加えない。

 しかし本件のみ、双方が互いを「居る」と()()()()()

 その瞬間、怪異が人間側の世界へ踏み込んだと推定される。


 本件以後、全国共通マニュアルに以下の一文が追加された。

「不定住民に対し、明確な役割・立場・位置を与えてはならない」

 この一文の背景を把握している職員は、現在では少ない。




 久世泰輔(くぜたいすけ)は、今もこの件を覚えている。

 その理由として考えられるのは三つある。


 一つ目。

 久世は本来、本件の担当ではなかった。

 当時の担当刑事が急病となり、久世が代打として現場確認に入った。

 そのため、深入りしない立場で、全体を見てしまった。


 二つ目。

 決定的な違和感。

 遺体確認の際、久世はふと口にした。

「……靴、片方多くないか?」

 誰も気に留めなかった。記録にも残らなかった。

 しかし次に確認したとき、靴は一足分しかなかった。


 三つ目。

 被害者宅での出来事。

 事情聴取中、部屋の中で一度だけ椅子が動く音がした。

 見ると、椅子は二脚並んでいる。

 どちらも、誰も触っていない状態だった。

 久世は言った。

「風ですかね」

 それ以上、誰も何も言わなかった。


 すべて、些細な違和感である。

 だが、どれも消えることがなかった。


 事件後、久世は一度だけ、非公式に紋霞(あやか)市怪異対策課へ相談している。

 明確な回答はなかったが、「あの件は、触らない方がいい」という助言を受けた。


 それ以降、同様の案件が発生すると、久世は真っ先に怪異対策課へ回すようにしている。

 部下には、こう教えていた。



「説明できないなら、早めに渡せ」



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