正しいことしか言わない
最初に警察が動いたのは、夕方だった。
紋霞市役所の代表番号に、外線が集中し始めた。
回線が塞がり、緊急連絡が入らなくなる。
これはもう、単なる苦情ではない。
紋霞大学前駅前交番。
杜下卓は、受話器を置いて、深く息を吐いた。
「……また同じ内容ですか」
相手は名乗らない。
だが、声色は穏やかで、理路整然としている。
「業務妨害と言うには、あまりにも“きれい”すぎる」
杜下は、当直表を確認する。
通常業務の範囲。
警告する理由はない。
それでも、違和感がある。
同じ説明を、同じ調子で、同じ構成で、何度も繰り返す。
しかも――相手は一度も、こちらの対応を否定しない。
「説明は正しいと思います。理解もしています。ただ、”終わっていない”」
それだけを言う。
杜下は、生活安全課に相談を上げた。
返ってきた答えは、歯切れが悪い。
「違法性は、ないな。脅迫も、威力業務妨害も、成立しない」
だが、被害は出ている。
職員が倒れ、業務が止まりかけている。
杜下は、思い切って名前を出した。
「……怪異対策課、通した方がいい気がします」
電話の向こうで、短い沈黙。
「理由は?」
「人じゃない気がするんです」
夜。
怪異対策課に、警察からの正式照会が入った。
案件名:市役所業務妨害に関する相談(違法性なし)
万央は、その文面を見て、小さく息を吐いた。
「来ましたね」
翌日。
市役所内に、臨時の対応方針が回った。
・同一内容の苦情は記録を参照
・感情的対応は行わない
・一定時間で通話を切る
だが、効果はなかった。
電話は切れても、また掛かってくる。
内容は微妙に言い換えられ、別件扱いになる。
説明は、常に正しい。
記録も、常に参照している。
万央は、気付き始めていた。
この相手は――市役所の内部構造を理解している。
どの課が、どこまで説明できるか。
誰が責任者か。
どこで話が止まるか。
それを、正確に踏んでくる。
夕方。
万央の元に、杜下が来た。
「斎藤さん」
疲れた顔だが、目は冴えている。
「これは、人じゃないですね」
「どうしてそう思いましたか」
「終わらせる気がない」
杜下は続ける。
「普通の人なら、どこかで怒るか、諦める。でも、あれは……」
言葉を探す。
「“対応され続ける状態”そのものが目的です」
その夜。
万央は、過去の資料を引っ張り出していた。
廃止された市民相談窓口。
旧・対応マニュアル。
品質評価表。
そこに、ある一文を見つける。
「市民が納得するまで、説明を継続すること」
万央は、静かに呟いた。
「……終わらせる条件が、書いてない」
その瞬間、電話が鳴った。
怪異対策課の直通。
「はい、斎藤です」
「ご説明、ありがとうございます」
例の声だ。
落ち着いていて、礼儀正しい。
「ですが――」
万央は、遮らない。
「その説明は、いつ完了しますか?」
万央は、はっきりと答えた。
「決まっていません」
受話器の向こうで、わずかに間が空いた。
初めてだった。
「……では、決めてください」
万央は、理解した。
この怪異は、終わりを、外から与えられるのを待っている。
通話を終えた後、万央は報告書に書き込んだ。
分類:制度由来怪異(未完了型)
備考:対応を続けるほど増幅する可能性あり
その下に、赤字で一行。
人的被害の恐れあり
次は、強制介入を検討する段階だった。




