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電話が終わらない

 午前九時。

 紋霞(あやか)市役所の業務は、静かに始まった。

 窓口が開き、番号札が機械から吐き出される。

 庁舎内に、いつものざわめきが戻ってくる。

 怪異対策課の朝も、特別なものではない。


 斎藤万央(さいとうまひろ)は、いつも通り席に着き、パソコンを立ち上げた。

 その時だった。

 ――電話が鳴った。

 内線。

 相手は、市民相談課。


「……斎藤さん、すみません。そちら、今、余裕ありますか」


 声が少し掠れている。

 だが、切迫というほどではない。

 事故ではない。事件でもない。


「内容を聞いてから判断します」

「苦情なんですけど……ちょっと、変で」


 万央はメモを取る。


「変、というのは」

「切れないんです」


 沈黙。


「切れない?」

「はい。こちらが切っても、また掛かってくる。同じ人から。同じ内容で」


「脅迫や暴言は」

「それが……一切ないんです。むしろ、丁寧で」


 その時、また別の電話も鳴った。

 別の内線。今度は、環境課。


「斎藤さん、今いい? 市民対応で困ってて」


 続けざまに、福祉課。総務課。広報課。

 内容は、すべて同じだった。

 ――苦情が終わらない。




 万央は、市民相談課に足を運んだ。

 フロアは、どこか重い。

 職員の数は足りている。

 電話も通常の台数だ。

 だが、誰もが受話器を置けずにいる。


 一人の職員が、通話を終えた。

 深く息を吐く。


「……ありがとうございました。はい。はい。説明は以上です」


 ガチャ。

 受話器を置いた直後、同じ電話が鳴る。

 その職員は、わずかに肩を震わせた。

 だが、出る。


「お待たせしました。紋霞市役所市民相談課です――」


 内容は、同じだった。

 市道の舗装について。

 数年前の工事の説明。

 なぜその判断になったのか。

 責任者は誰か。

 説明は十分だったのか。


 すべて、正しい質問だった。

 すべて、過去に回答済みの内容だった。

 しかし、相手は言う。


「では、その説明で、私が納得したという記録は、どこに残っていますか?」


 職員は言葉に詰まる。




 万央は、記録を確認した。


 苦情内容。

 対応履歴。

 完了チェック。


 すべて、揃っている。

 問題はない。

 だが、一点だけ。


 対応終了理由:説明済み


 万央は、そこを指でなぞった。


「……説明は、終わっていますね」


 市民相談課の課長は、疲れた顔で頷く。


「はい。でも、相手はこう言うんです。『説明が終わったことと、私が納得したことは別だ』と」


 正論だった。

 誰も、否定できない。




 午後になると、被害は拡大した。

 同じ苦情が、別部署に回る。


 名前は違う。

 声も違う。


 だが、内容が微妙に一致している。


 文面は、完璧に整っている。

 敬語は正確。

 論理に穴はない。


 ただ一つ、異様なのは――

 終わりがないこと。




 夕方。

 一人の若手職員が、保健室に運ばれた。

 過呼吸だった。


「怒鳴られたわけじゃないんです……。でも、ずっと……ずっと、説明してて……」


 涙が止まらなかった。




 怪異対策課に戻り、万央は報告書の下書きを開いた。

 分類欄。

 事故――違う。

 犯罪――違う。

 怪異――まだ、断定できない。


 だが、確かに――

 人が消耗している。


 その時、万央の電話が鳴った。

 外線。


「はい、紋霞市役所怪異対策課、斎藤です」


 受話器の向こうは、穏やかな声だった。


「ご説明、ありがとうございました」


 万央は、眉をひそめる。


「……どの件でしょうか」

「先ほどの、市道の件です。とても丁寧でした」


 万央は、答えない。

 相手は続ける。


「ただ、まだ一つ、確認が終わっていません」


 万央は、はっきりと理解した。

 これは――苦情ではない。

 終わっていない何かが、電話という形で、話しかけてきている。


「では、確認させてください」


 相手は、嬉しそうに言った。

「ありがとうございます。では――」


 時計を見る。

 午後五時二分。

 電話は、切れなかった。


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