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名簿に残る責任

 名簿は、削除されることを前提に作られていない。

 追加は慎重に。

 修正は厳格に。

 削除は、ほとんど想定されていない。

 だから――残ってしまった名前は、簡単には消えない。




 教育委員会から、再度の連絡が入ったのは三日後だった。

「……斎藤さん、ちょっと妙なことがありまして」

 声の主は、前回と同じ担当者だった。

 今回は、はっきり動揺している。




 問題は、当直者名簿だった。

 市内全校の夜間当直者を一覧にした、内部用データ。

 紙と電子、双方で管理されている。

 事故のあった第一中学校。

 その欄に、名前があった。


 小鳥遊和彦(たかなしかずひこ)

 肩書きは、《非常勤・退職済》。




「消したはずなんです」

 担当者は繰り返す。

「退職処理も、当直解除も、全部終わってる」

 万央は、静かに確認した。

「削除理由の入力は?」

「……そこが」

 言い淀む。

「“該当者不在”と出て、理由欄が開かないんです」




 名簿は、責任者を必要とする。

 だが、責任の所在が不明なものは、削除できない。

 制度としては、正しい。

 だが今回は――

 それが仇になっていた。




 同時刻。

 紋霞国際文化大学前駅交番。

 杜下卓(もりしたたくみ)は、巡回から戻った直後だった。


「……またか」

 駅前掲示板。

 地域行事の当番表に、一つ、余分な名前がある。


 小鳥遊和彦


 連絡先欄は空白。

 だが、担当日は今夜だった。




 杜下は、交番に戻り、万央に連絡を入れた。

「出てます。今度は、学校じゃない」

『……了解しました』

 万央の声は、落ち着いている。

『今回は、“名簿”そのものが媒体ですね』




 夜。

 第一中学校の体育館前。

 灯りが点いている。

 本来、誰もいないはずの時間帯。

 校舎の鍵は、閉まっている。

 侵入痕跡はない。




 中に入ると、名簿が貼られていた。

 古い掲示板。

 紙が、張り替えられている。

 当直表。

 小鳥遊和彦の名前に、赤丸が付いている。




 その下。

 細い字で、書き足されていた。


「未完了」




「……責任が、終わってない」

 杜下が呟く。

 万央は、長く息を吐いた。




 体育館の奥。

 舞台袖。

 白衣の影が立っている。

 今度は、はっきり形を保っていた。

 顔もある。

 だが、目だけが焦点を結ばない。




「当直は、終わりました」

 万央は、前回と同じ言葉を使わなかった。

「しかし、記録が、あなたを残しています」

 小鳥遊の影は、名簿を見る。

「……名前が、あります」




「ええ」

 万央は肯定する。

「だから、“消す理由”を作ります」




 取り出したのは、一枚の書類。

 職務完了確認書

 通常は、人事処理のための内部書式。

 だが今回は、用途が違った。




「小鳥遊和彦氏は、夜間当直業務を完了し、引き継ぎ不能なため、責任を終了する」


 万央は、淡々と読み上げる。

「これは、業務上の事実です」




 署名欄。

 そこに、人名は書かない。

 代わりに、役職名だけが印字されている。

 《管理責任者》

 その下に、既に押された公印。




 小鳥遊の影が、名簿から目を離した。

「……確認しました」

 声は、初めて安堵を含んでいた。




 次の瞬間。

 掲示板の紙が、音もなく剥がれ落ちる。

 名前が、消える。

 赤丸も、「未完了」の文字も。




 体育館の灯りが落ちた。

 静寂が戻る。




 翌朝。

 教育委員会の名簿から、小鳥遊和彦の名前は完全に消えた。

 ログ上も、違和感は残らない。




 杜下は、交番でコーヒーを飲みながら言った。

「……名簿って、怖いですね」

 万央は、書類を閉じる。

「名前は、存在の最後に残りますから」




 報告書の結語。


「責任の未完了状態は、人を留める」


 そして、小さく追記された一文。


「名簿管理は、最終的な怪異対策である」




 これで、小鳥遊和彦の活動は終わった。

 だが――

 名簿は、今日も全国で増え続けている。



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