忘れ物は必ず戻ってくる
紋霞市署管内、紋霞大学前駅前交番。
春先から、奇妙な苦情が続いていた。
落とした財布が、必ず翌日には交番に届く。
中身は一円も減っていない。
拾得者欄が、すべて空白。
それだけなら、珍しくない。
問題は回数だった。
一週間で十件。二週間で二十五件。
しかも――同じ人物が、二度落としているケースがある。
交番勤務の巡査、杜下卓は、記録を見て首を傾げた。
「……戻り過ぎじゃない?」
三件目の連続案件。
落とし主が言った。
「……昨日、確かに持ってたんです。でも、落とした記憶がなくて」
拾得場所は毎回違う。時間帯もばらばら。
共通点は一つだけ。
拾得時刻が、必ず午前四時前後。
犯罪性はない。窃盗でもない。悪意も感じられない。
だが、杜下は不安を覚えた。
「これ……人じゃないよね」
上司は苦い顔をして言った。
「市役所のあそこに回せ」
斎藤万央が呼ばれたのは、その翌日だった。
机に積まれた拾得届の束を見て、万央は即座に理解する。
「……返し過ぎですね」
杜下は、少しほっとした顔をした。
「ですよね?」
拾得物はすべて、「持ち主に戻るべきもの」だけ。
・財布
・鍵
・定期券
・学生証
金目の物はない。転売価値もない。
そして、拾得届の裏に、鉛筆で薄く書かれた文字。
「預かり物、返却済」
万央は、静かに言う。
「境界管理型ですね」
夜明け前、駅周辺。
監視ではなく、「立ち会い」として万央と杜下は歩いた。
午前四時十二分。
改札横のベンチに、いつの間にか座っている女性がいた。
年齢不詳。
服装は古いが、整っている。
手元には、落とし物の束。
女性は言った。
「人のものは、人に返します」
声は低く、淡々としている。
杜下は、思わず聞いた。
「……返さないと、どうなる?」
女性は少し考えて答える。
「“未返却”が溜まります。溜まると、境界が重くなります。重くなると、人が留まります」
それは――駅に「帰れなくなる人」が出る、という意味だった。
万央は前に出る。
「ここは、あなたの管轄ではありません」
女性は首を傾げる。
「ですが、落ちていました」
万央は、規則を出す。
「拾得物は、警察の管理下に置かれます。あなたは、補助扱いです」
一瞬、空気が張る。
だが女性は、ゆっくり頷いた。
「……そうですか」
対応は単純だった。
女性の活動時間を「拾得後の搬送補助」に限定。
直接返却は禁止。
拾得物は必ず交番前の指定箱へ。
掲示は、文字だけ。
女性はそれを読んで、静かに姿を消した。
その後。
落とし物は、通常件数に戻った。
返却率も、適正値に落ち着く。
午前四時の拾得は、なくなる。
杜下は報告書を出しながら言った。
「……親切過ぎるのも、危険なんですね」
万央は答える。
「境界を越える親切は、管理が必要です」
報告書結語。
「駅周辺常駐型怪異。
返却行為が過剰化する恐れあり。
警察制度併用により安定。
警察案件としての連携継続を推奨」
駅は、今日も人を吐き出す。
忘れ物は、戻る。
「戻り過ぎない」形で。




