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住職は狸

 平日の午前。

 怪異対策課に、文化財課から一本の内線が入った。


「斎藤さん、ちょっと確認してほしい寺があるんですが」


 声の調子は困っているが、慌ててはいない。

 つまり――事件ではない。


 問題の寺は、紋霞市(あやかし)の外れ、山際にあった。

 庄條寺(しょうじょうじ)

 過疎地域にある小さな寺だが、檀家は減っていない。

 寄付も途切れない。

 苦情もない。

 ただ一つだけ、説明のつかない点があった。


「住職の在任年数なんですが、帳尻が合わないんです」


 文化財課の職員は、資料を指で叩いた。

 三十年以上、同じ名前。

 同じ顔写真。

 代替わりの届け出はない。

 宗教法人としては問題ない。

 税務上も問題ない。

 警察案件でもない。

 だから――怪異対策課だ。




 現地確認の日。

 斎藤万央(さいとうまひろ)は一人で寺を訪れた。

 境内は、よく手入れされている。

 掃き清められた砂利。

 季節の花。

 本堂は古いが、傷んでいない。


 縁側に座っていた住職は、にこにこと立ち上がった。


「これはこれは。市役所さんですか」


 年齢は六十代後半くらいに見える。

 声は穏やかで、柔らかい。

 万央は名刺を出し、用件を簡潔に説明した。


「住職の在任について、確認を」


 住職は首を傾げる。


「在任……ですか。そういうの、あまり気にしたことがなくてねえ」


 違和感はある。

 だが、敵意も緊張もない。


 本堂で話を聞いた後、縁側に通された。

 お茶が出る。

 湯呑みは分厚く、欠けていない。

 万央は、足元に視線を落とした。

 縁側の下。

 そこに、小さな草履が並んでいる。

 人間用ではない。獣用だと推察できる。

 万央は、静かに息を吐いた。


「……いつから、こちらに?」


 住職は少しだけ目を細めた。


「山に人が来なくなってからですねえ」


 語り口は、昔話のようだった。

 山に住んでいた。

 人がいなくなった。

 寺だけが残った。

 気づけば、住職の役目を引き継いでいた。


「檀家さんは、“お寺が続いている”ことを喜んでくれます。化かしているつもりは、ないんですよ」


 万央は頷いた。

 正体は、狸。

 だが、害はない。

 むしろ、地域の維持に貢献している。

 問題は――役職だ。




 怪異対策課に戻り、協議が行われた。

 公共性の高い宗教施設。

 代表者が人外であることのリスク。

 しかし、排除する理由はない。

 古参職員が言った。


「昔なら、見なかったことにしたな」


 課長は、しばらく考えてから言う。


「役割を、分けよう」




 再訪の日。

 万央は、住職――いや、狸に提案した。


「住職は、隠居という形にします。宗派本山から、形式的な後任を置きます」


 狸は、じっと聞いている。


「あなたには、“寺務管理者”として残っていただきたい」


 境内の管理。

 行事の準備。

 檀家との日常的なやりとり。

 ただし、本堂で法要を行う立場ではない。


 狸は、しばらく黙っていた。

 やがて、ぽつりと言った。


「……お経をあげなくて、いいんですかい」

「はい」


「縁側で、お茶を出すくらいで?」

「それで十分です」


 狸は、ふふ、と笑った。


「それは、楽だねえ」




 数か月後。

 寺は、変わらずそこにある。

 檀家は「相変わらず、良いお寺」だと言う。

 境内には、狸の置物が一つ増えた。

 夜になると、縁側で狸が丸くなって眠っている。


 報告書の結語は、簡潔だ。


「人外による宗教施設関与案件。

 公共性を考慮し、役職整理により安定。

 生活被害なし。

 経過観察とする」




 斎藤万央は、今日も窓口に座っている。

 怪異を消すわけでも、人を裁くわけでもない。

 ただ、役割と居場所を、少しだけ整える。

 それが、怪異対策課の仕事だ。



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