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おぼろ月

作者: 空蝉ゆあん


十字架は全ての命の象徴を刻んでいく。彼の手から離れた希望のように私の手のひらの中へと刷り込まれていった。


「俺に希望を、夢を見せてくれ」


ふんわり微笑むその裏側には、もう一つの感情が沈んでいる。その正体を、意味を受け止める事が出来ないでいる自分がいた。


私の言葉は全て泡のように消えていく。存在しなかったように、影の一部へと吸い込まれていった。


時間がいつもよりゆっくりと刻まれていく。私達の未来を笑うように、桜吹雪が空間を満たした。


「それは俺の分身でもある。お前がどんな選択をするのかを見届ける為に」


彼の口から零れていくパズルの欠片は、命の芽吹きと集結を示しているよう。否定も肯定も出来ずにいる、私の背中を押す十字架のネックレスは光に反射し、宝石のように輝きを放っている。


まるで命の灯火のようにーー


一つの約束がこの場へと繋げてくれる。突拍子のない言葉に無言を突きつけたあの時の自分が記憶を辿るように、全ての映像を情景を瞼の裏側で確認作業を終えた。


右手の掌に目線を落とすと、何もない。あったはずの繋がりは、過去の落し物。ゆらりと揺れる世界を見つめながら、あの時と同じ時間を刻もうと望んでいる私がいる。


「その希望は俺の夢になる。そうやって期待を乗せてながら、人は想いを繋げていくんだ」


幻影か現実か夢か理想か、彼の姿をスポットライトのように照らし続けるおぼろ月は赤く、黒く静かに透視している。


手を伸ばした所で、彼の命に触れる事は不可能だ。それを一番理解しているはずなのに、ぽっかり空いた感情の欠片を取り戻すように、引き寄せられていく。


「お前はここに来てはいけない。分かっているだろう?」


彼の言葉に反論しようと唇を動かそうとするが、現実を否定するかのように、全ての音を手放した過去の自分が、幻影が隠れている。


伝えたい言葉が零れているはずなのに、金魚のように口をパクパクと動かすだけ。私自身の存在が不適合者と烙印を押されている。


彼の言葉は自分に届くのに、反対に私の言葉は彼に届かない。それは二つの境界線を仕切る音の分離。


全てを知ってるのは鑑賞しているおぼろ月のみ。


ぼんやりと浮かぶ鑑賞者は人間の思い描く夢の果てへと続く現実の一コマを見ているにしか過ぎない。彼にとっては全てが偽りで幻なのだ。


全ての世界は反転し、人としての学んできた感情さえ、意味さえも消していく。冷たさを孕み、操るようにーー


全ての体験は記憶は元から自分の所有物だったのだろうか。彼が見せようとした世界は全ての集結を奏でると、私は元の空間に放り出されていった。


警鐘ーー


全身に広がる破壊音は静寂を保っていた全てを叩き落としていく。彼から託された夢を希望をなかった事にするように。


骨の砕ける感触が全身に広がりながら、全ての思考を遮断するように誘導し始める。自由を手に入れたはずだった私は、引力に押し付けられると、頭蓋骨を叩き砕こうとしている魔物に飲み込まれていった。


耐えられない痛みを逃がすように、意識を手放す。それは人間の本能そのものが起こした一つの現象にしか過ぎない。


そんな私達を微笑みながら空中に弾け飛ぶ十字架のネックレスが、破壊の世界の一部となり、ガラクタへと変換された。


赤い雫が全ての表情を染めていく。生暖かい命を動かすオイルは、淡々と廃墟を染め上げていった。



遠くから聞こえるサイレンの音は私達に届く事はない。その行方を見つめている彼は、残念そうに視線を背けると、次の旋律を求め、新しいストーリーを探し続けていく。



そこには私達の鼓動があった。

その事実を吸収しながら、真っ赤に染め上がっていく。

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