2.雨、降リ止マズ
「寝ていてもいいぞ。俺が寝ずの番をしてやる」
大悟はそう言うが、彼だって怪我人である。自分ほど深い傷ではないが、よく見ると右肩だけではなく脇腹、腕、太もも、あちこちに決して浅くはない傷を追っているのがわかった。それでいてその背中には一つも傷が無いのが、実に彼らしいとは思うが。
「お前こそ、それだけ怪我があればかなりの血を失っているだろう。痛みもするだろう。休むなら交代だ、お前だけに寝ずの番などさせられるか」
言いながらも腹の傷が痛み、額から脂汗が流れる。焼け付く様な痛みだ。血が失われて寒いはずなのに、傷は熔鉄を流し込まれたかの様に熱い痛みを帯びている。
大悟が呆れ半分、心配半分の調子で言った。
「常磐、お前は自分が瀕死の重傷人だという事を自覚しろ。仮に俺が眠ってお前が番をしたとして、お前は敵襲に対処出来るのか?」
「……出来る」
「お前なぁ」
まぁそういうとこがお前らしいけどよ、と大悟が苦笑する。外は雨でここは地下だ、その小さな苦笑の声すら狭い地下壕の壁で反響して、時の流れをゆっくりに感じさせた。先ほど大悟が止血用の薬草を刷り込んでくれたので、痛みはするが意識は保てている。雨が上がるまでこの地下壕で待とう。その間に少しは痛みにも慣れ、歩けるようになるだろう。水代の中心へはこの怪我を抱えてでも一、二時間あれば着く。そこへ帰ったらきちんと治療を受けなければ。
――さすがに傷が残るかな。そう考えて、許嫁である雅の顔が頭に浮かぶ。あいつはまた大騒ぎをするだろう。そして戦いなどやめろと言うのだろう。それが本当に心配から来る言葉であることなどとうに分かっていた。だが自分は戦士なのだ。身寄りもない、天涯孤独の身。剣の腕だけでこの水代区自警団の第一部隊に配属されるまでに成り上がったのだ。自分から剣を取ったら何も残らない。たとえ自分を心配する言葉であろうとも、自分の存在意義を奪って行くような言葉は不快で、怖いのだ。決して彼女のことを憎んでいるわけではない。ただ、そばに置くのが怖かっただけなのだ。
帰ったら、謝ろう。常磐は鈍く焼け付く痛みの中で決意した。今まで手酷く突っぱねてきた彼女に、その態度を謝罪しよう。怪我を負って弱気になっているのかどうなのかわからないが、今までの自分の態度はあまりにも横暴だったとしみじみ感じられて罪悪感が胸を刺していた。雨が上がったらすぐに帰らねば……。
「あと、どれほどで止むのだろう」
半分独り言のように大悟に問うと、彼はうーんと唸って耳を澄ませた。
「俺の予想では、一晩は降ると見た」
「一晩、か」
野生の勘というやつなのか、大悟の予想はまず外れない。今が夕方だからあと十数時間はここで待機ということだ。少し長い時間だが、それだけ体を休ませれば少しは回復もするだろう。
「その間にお前の傷が膿まないかが俺は心配なんだがな」
「そういうものか?」
「お前は怪我をしなれてないから実感が無いんだろうけどな。なるべく早くちゃんとした医者に見せてやりたいんだが」
大悟が水代の中心街の方を向いて目を細めた。その時。
ごうん。――地鳴りがした。
「なんだ……?」
「常磐お前は寝てろ、俺が扉から様子を伺う」
「おい待て、危険だろう」
「いや、どうやら振動源はこの近くじゃない。方向だけでも分かれば良いんだが」
大悟は地下壕の階段を登り、周囲を警戒しつつ天井の扉を開けた。そしてぐるり一周を見渡すと、再び地下壕の中へ戻ってきた。
「……まずい状況だぞ、これは」
珍しく狼狽する大悟の表情。不安が胸を埋める。
「どうやら水代の中心街で大きな爆発があったようだ」
その言葉は冷たかったか、それとも逆か。それは分からないが、怪我も疲労も何もかも忘れて我を失うには十分すぎる破壊力を伴っていた。
傷を抱え大悟の肩を借りながら無我夢中で走る。血を失った身体が雨に熱をも奪われ、更に冷たくなっていた。走っているのに体温は低いままで、指先の感覚がもうない。隣の大悟がいなければ凍死は免れないだろう。
「あとどれくらいだ」
「もうあと半里もない。気をしっかり持てよ常磐」
「ああ……」
答えるが朦朧とする意識が視界をぼやけさせる。吐き気が酷く、足ももつれる。ずり落ちそうになる黒い軍帽がただでさえ悪い視界を遮って、ぐわんぐわんと視界が揺れる。
「ッ大悟……」
呼んだところでどうにもならない、彼も余裕などない、わかっているのにこの眩しい戦友の名を呼んだ。虚勢すら張れる気がしなかった。精鋭たる第一部隊としての誇りはどこへ行ったのだ。今ここにいるのは、情けなく親友に寄り掛かった上さらなる助けを求めようとする無様で厚かましいボロネズミだった。情けなくて笑えてくるが笑う体力すらもう無い。
「常磐、しっかりしろ……」




