ヨリヤミ②
顔から生気を失い、男は後ずさる。
ぽたぽたと血を滴らせ、己の瞳に夕日の姿をうつしながら。その男の姿。それは、体の一部を捕食者に食いちぎられた被捕食者そのもの。
「ゆ、夕日」
男は、夕日の名を呟く。
「た、助けてくれ。なっ、なっ?」
先ほどまでの威圧的な態度。
それとは全く違う下手に
顔に滲む汗。そしてその表情に刻まれているのは、夕日に対する畏怖。
いつも怯え、蹲っていた夕日。
だが今、そこに居るのはーー
光無き闇に埋もれた双眸をもってこちらを見上げ、無機質に闇を纏った如月 夕日。
"「夕日ッ、てめぇの顔を見るだけでイライラするんだよ!!」"
蘇る己の所業。
ただ本を読んでいただけの夕日を蹴り飛ばし、足蹴にした記憶。
"「あーッ、クソ!! 今日もパチンコで負けちまった!! おいッ、夕日!!」"
部屋の隅で蹲り震えていた、夕日。
その夕日に、腹いせとして拳を向けたときの記憶。
それらの記憶が、男のうちを駆け巡る。
「な、なぁ夕日」
「お、おじさんがぜんぶわるかった」
「だ、だから」
引き攣った笑み。
それを浮かべ、夕日に許しを乞う男。
「こ、これからは夕日に痛いことなんてしない」
「だから…なっ、なっ?」
だが、夕日の表情は変わらない。
夕日の目には、もはや男は人としてはうつっていない。
夕日の目にはーー
【癒し】
【如月 夕日に痛いことをした人。それが居るという苦しみから】
じっと。じっと。
男を見つめたまま、夕日は己の闇に意思を表明する。
蠢く瞳の闇。
呼応し、膨れ上がる闇。
それはまるで翼を広げた悪魔のようで、男に本能的な恐怖を植え付けた。
「だッ、誰か!! たっ、助けーーッ」
男は声をあげようとする。
しかし、それを闇は赦さない。
【癒す】
【痛いことをした人。その声が響くという苦しみから】
男の口。
それを覆う、闇。
【癒す】
【痛いことをした人。それに見られるという苦しみから】
男の両目。
それを包む、闇。
口と目。
声と見る。
その二つを失い、しかし男はなおも忌避を図ろうとした。
懸命に後退り、自らの家の中にーー
だが、闇は決してそれを赦さない。
男の足元。
そこに広がる、【癒しの闇】の溜まり。
男を飲み込まんとする、闇。
そこに宿るのは、如月 夕日の幼くも純粋な思い。
いたいことはいやだ。
もう、いたいことはいやだ。
そんな思いのみ。
男を飲み込んでいく、闇。
それは夕日の意思を叶える為にその牙を剥く。
そこには、躊躇いや容赦はカケラもない。
っと、そこにーー
「きゃッ、きゃあああ!!」
甲高い女の叫び。
それが響き渡る。
家の中。
玄関口の先から覗く、リビング。
そこに現れたのは、一人の若い女。
曰く。男と共に、如月 夕日への虐待を恒常的に行っていた女。
派手な服装に濃い化粧。
髪は紫。その姿は明らかに、一般女性のモノとは違う。
「けッ、警察に」
慌て、女は手に握ったスマートフォンを操作しようとする。
しかし、夕日の闇はそれすらも許さない。
夕日の心の揺らめき。
それに呼応し、闇は鋭利なカタチをとり女の身を貫く。そしてそのまま、女が悲鳴をあげる間もなくーー闇は女を喰らう。【侵食】と言う名の本能をもって。
ごきッごりっ
響く咀嚼音。
同時に男もまた、闇に飲み込まれる。
完全に。それこそ、蛇が獲物を丸呑みするかのように。
後に残ったのは、主人を失った玄関口。
静かに蛍光灯の光に照らされた空間のみ。
踵を返し、夕日はその場を離れようとする。
その顔に感情はない。あるのは、無機質のみ。
だが、振り返った夕日の視界にソレは居た。
「あらあら。これはこれは、如月 夕日さんじゃありませんか」
「闇の気配を感じ、駆けつけてみましたら……ふふふ。これは、また。随分と闇に侵食されてしまわれていますわね」
青のオーラ。それを纏って着物の裾を揺らし、くすくすと笑う青の魔法少女ーー大和 撫子。
その存在が月の逆光を受け、電柱の上から夕日を見下ろし楽しそうに佇んでいたのであった。




