銃弾③
衝突。
音はなかった。
響く、銃声。
迸る、琥珀色の神秘。
本来なら爆音が街に降り注ぐ、はずだった。
だが第二の空では衝撃そのものが音すらも意味を持たない。
現象が互いを否定し合う。
琥珀の光が闇を撃ち抜き、闇が光の「結果」を無効化する。
攻撃は成立しない。
破壊も成立しない。
因果が、途中で千切れる。
それでも二人は止まらなかった。
虎森が撃つ。
それを、夕日の闇が打ち消す。
その繰り返し。
そして、響く声。
「埒があかねぇな」
呼応し、虎森の内に響く声。
「大河」
「如月夕日は、前より上をいっている」
それに答える、虎森。
「だろうな」
「なら」
虎森の表情。
それが変わる。
「アレをやるしかねぇよな」
刻まれる笑み。
刹那。
虎森大河の身が、琥珀色の光に包まれる。
撃墜の神秘。
その本質はーー
「この身体もまた、【銃】に」
「変えられる」
そして、夕日は見る。
虎森大河の身。
それが人のカタチを保ってはいる。
しかし、ソレは人ではない。
瞬きの間。
その一瞬で、虎森の身が夕日の眼前に置かれる。
彼女の肉体は、銃身。
骨は機構。
心臓は装薬。
咄嗟に、夕日は闇を展開する。
【癒し】
【撃ち抜かれるということから】
刹那。
虎森大河の拳が撃ち抜かれる。
それは「殴る」という動作ではない。
意思そのものが弾丸だった。
「堕ちろッ!!」
撃鉄が落ちる音が、世界の後からついてくる。
琥珀色の衝撃が放たれた瞬間、第二の空の“高度”が一気に削ぎ落とされた。
空が撃ち抜かれる。
だが、その弾道の先に如月夕日は立っていた。
避けていない。
受けてもいない。
ただ、そこにいなかったことにした。
ぐにゃり、と。
夕日の周囲だけ世界の「過去」が書き換わる。
着弾という事実。
それが、発生する前の感情へと解体されていく。
夕日は静かに言った。
「わたしは堕ちない」
彼女の足元に溜まっていくのは、破壊され損ねた“怒り”や“悔しさ”の残骸。
攻撃が失敗したのではない。
成功という概念が闇に吸収されたのだ。
「なるほどな」
虎森大河が笑う。
血が、頬を伝っていた。
撃った反動ではない。
この空間に適応しきれていない、現実側の肉体が軋んでいる。
それでも彼女は一歩踏み出す。
足場など存在しない。
だが彼女が立つ場所だけ、無理やり現実の座標が押し込まれる。
「お前のそれ」
「防御じゃねぇな」
拳を下ろす。
「逃げだ」
その言葉。
夕日の瞳が初めてわずかに揺れた。
瞬間。
第二の空がざわめく。
夕日の背後に控えていた闇の集合体が、一斉に形を変えた。
人の顔。
子供の影。
泣き声。
崩れた家。
届かなかった手。
この街で生まれた、
あらゆる「取り返せなかったもの」が顕現する。
「違う」
夕日は否定する。
「これは、逃げ場じゃない」
翼が大きく開く。
空間が沈む。
重力が裏返る。
光が減衰する。
「ここは」
その声は、自分自身に言い聞かせるように静かだった。
「帰る場所をなくしたものの居場所」
「うるせぇって」
虎森大河が拳を握る。
狙わない。
撃たない。
ただ、まっすぐ夕日を見る。
「わたしはてめぇを堕とす。ただ、それだけだ。元からてめぇのことだけは気に入らねぇって思ってたんだ。魔法少女の時からな」
「甘い、甘い。癒しの神秘。とかいうクソみたいな神秘。元から頑丈な魔法少女に、んな神秘。いらねぇんだよ」
世界が止まった。
第二の空の沈降が一瞬だけ止まる。
闇が揺れる。
その問いは、攻撃よりも深くこの空間の核に触れていた。
夕日の視界に、ひびが入る。
それは物理的な亀裂ではない。
記憶だ。
ヨリヤミたちの。
押し込めたはずの光景。
それが、この“高度”に耐えきれず浮上してくる。
伸ばされた手。
名前を呼ぶ声。
届かなかった時間。
「黙れ。虎森 大河」
夕日の声が感情を帯びた。
同時に。
翼が、暴力的に閉じる。
第二の空が、急激に圧縮される。
逃避でも。
拒絶でもない。
広がるは、明確な殺意。
夕日の周囲に、無数の黒い輪が生まれる。
それは銃口の形にも。棺の形にも見えた。
「ころす」
虎森大河は――
笑った。
心底、嬉しそうに。
心底、嫌悪に満ちて。
「やっと出てきたな」
指を鳴らす。
虎森の周囲に無数の【銃】が現れる。
今度は撃墜ではない。
照準は、夕日だけでなく。
この空そのもの。
「お前ごと。この空を堕とす」
銃声。
それは世界に対して放たれた、否定だった。
第二の空に、“夜明け”のような亀裂が走る。
第二の空に走った亀裂。
それは「光」ではなかった。
現実の法則が、無理やりねじ込まれた痕跡。
本来、この空には存在しないもの。
時間の流れ。
「うるさい」
如月夕日が呟いた瞬間。
彼女の背後にあった闇が、質量を持ち始めた。
感情の残滓だったはずのそれらが一つ一つ、落下を始める。
いや、落下ではない。
撃ち出された。
夕日が手を振る。
それだけで。
数千、数万の“後悔”が、
砲弾のように射出された。
泣き声。
悲鳴。
断末魔。
謝罪。
憎悪。
全部が、弾頭。
虎森大河は、避けなかった。
「ちょうどいい」
銃を回転させる。
装填。
ではない。
彼女の周囲に展開したのは、琥珀色の魔法陣。
それは円形ではなく、照準器そのものだった。
「全部、撃ち落としてやる」
引き金。
撃発。
世界が、閃光に切断される。
一発の弾丸が、数万の闇弾を同時に貫通した。
物理法則では説明不能。
だがこれは銃ではない。
撃墜の神秘。
標的と認識した瞬間、その存在は“既に撃ち落とされている”という結果が確定する。
空間が、遅れて崩壊した。
「ッ……!」
夕日の翼が軋む。
今の一撃。
撃ち落とされたのは、闇ではない。
この空の“高度”そのもの。
夕日が初めて大きく距離を取った。
第二の空の支配者が、押し返されている。
虎森大河は、銃口を下ろさない。
「分かってきたぜ」
一歩、踏み込む。
そのたびに、現実の重力が侵食してくる。
「ここってさ」
さらに一歩。
第二の空が、軋む。
「ほんと掃き溜めみたいなところだな」
「負の感情の」
「ゴミ捨て場」
その言葉と同時に、夕日の周囲の闇が暴走した。
統制を失う。
形を保てない。
感情が飽和する。
否定。
拒絶。
封印。
それらが一斉に防衛反応として噴き出す。
第二の空が、形を変えた。
空だったものが、反転する。
地面になる。
都市になる。
崩壊した街並みが再構築される。
それは、幻影。
闇たちが見せる、夢。
ここは空ではない。
彼等が帰りたかった場所だ。
「なら」
虎森大河が、銃を構え直す。
「その舞台ごと壊してやるよ」
夕日が、両翼を最大展開。
闇が、もはや“感情”ではない何かへと変質する。
それは呪いですらない。
存在を拒否する力そのもの。
激突。
今度は概念同士ではない。
純粋な、暴力。
夕日の翼が振るわれるたび、触れた空間が存在を消失する。
対して大河は、消された“結果”を撃ち落としながら突っ込む。
消滅と撃墜。
相反する光と闇が、正面から噛み合い始めた。
銃声。
断裂。
翼の一閃。
閃光。
崩壊。
再定義。
否定。
確定。
世界が耐えきれない。
第二の空と現実の境界が、音を立てて混ざり始める。
下の街では、誰も気づかないまま影だけが揺れていた。
だが上空では、二人が戦うたびに、世界の仕様書が書き換わっている。
虎森大河、加速する。
如月夕日、深度を落とす。
高度と深度。
本来交わらない座標が、一点に収束していく。
そして。
二人の距離が、ゼロになる。
夕日が囁いた。
「ころす」
大河が笑う。
「さっさと堕ちろって、ゴミ」
銃口が、夕日の胸元へ。
翼が、大河の首元へ。
次の一撃で、どちらかの世界が終わる。
その瞬間。
二人の間に、第三の“高度”が割り込んだ。




