銃弾①
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空が、嫌いだった。
いや正確には。空から落ちてくるものが嫌いだった。
虎森大河は幼いころから「よく助かる子」だった。
工事現場の鉄骨が崩落した日も。通学路でトラックが横転した日も。落雷で電柱が爆ぜた日も。
なぜか彼女だけ軽傷で済んだ。
周囲は言った。
「運がいい子だね」
違う。
運がいいんじゃない。
全部、自分の目の前に落ちてきた。
そして。
自分以外の誰かが、代わりに壊れていった。
〜〜〜
中学二年の春。
家族旅行で乗った飛行機が、乱気流に巻き込まれた。
機体が激しく揺れる。
酸素マスクが落ちる。
悲鳴。
泣き声。
そして、窓の外で、何かが弾けた。
黒い“ひび割れ”のようなものが、空に走っていた。
あれは自然現象ではない。
大河には、はっきりと分かった。
空が壊れている。
その瞬間だった。
耳元で、声がした。
「虎森 大河」
隣の席の友人は気づいていない。
誰も、その声を聞いていない。
「君は長年、“落下災害”の中心点に居続けている」
「は?」
「偶然ではない。それは誘導されていた」
心臓が止まりそうになる。
「君は“落ちてくるもの”に選ばれている」
次の瞬間。
機体が急降下した。
悲鳴が機内を満たす。
金属が軋み、翼が裂ける音。
墜落。
誰もがそう思った、そのとき。
「提案だ」
その声は、やけに事務的だった。
「君自身が、“堕とす側”になることを」
理解が追いつかない。
だが、体は知っていた。
ずっと。ずっと前から。
なぜ自分の周りにだけ、何かが落ちてきたのか。
なぜ自分だけが、生き残ってきたのか。
「この世界には、空から侵入する“ヨリヤミ”が存在する」
「それは堕とされてきたモノたちの負の感情の集合体。それがヨリヤミという存在」
「でも、君はそれを視認できる」
窓の外。
さっきの黒い亀裂の中から、何かがこちらへ落ちてきていた。
隕石のようで。
生物のようで。
兵器のようで。
存在そのものが、現実に合っていない。
ああ、これか。
今まで、自分の人生に落ち続けていたものは。
「結ぶよ。虎森 大河」
「魔法少女として」
「撃墜の契約を」
普通なら怖がるところだろう。
泣き叫ぶところだろう。
逃げたくなるところだろう。
でも。虎森大河は、違った。
ずっと思っていた。
どうして自分の周りだけ壊れるのか。
どうして自分だけ残るのか。
どうして、誰も止められないのか。
だったら、最初から。
「それ、最初から私にやらせとけよ」
「契約は成立だ」
その瞬間。世界の重力が、反転した。
制服が分解され、光の線へと変わる。
靴底が空間を踏みしめるための“座標固定装置”へ変質する。
視界に、弾道予測線が無数に走る。
空間に浮かぶ、数値。
高度。侵入角。破壊閾値。
迎撃可能時間。
すべてが“撃墜計算式”に置き換わる。
「対空魔法戦闘、起動」
「コールサインを設定してください」
大河は、迷わなかった。
今までずっと、空から降ってくる理不尽に踏み潰され続けてきた。
なら。これからは。
「全部、撃ち落とす」
その日。
高度8,000メートルで。
世界で初めて。
“魔法少女による迎撃戦”が行われた。
後に彼女はこう呼ばれる。
撃墜の魔法少女。
空の災害を地上へ届かせない、魔法少女。
「虎森大河」
「君は空を支配する」
〜〜〜
殺風景な自室。
そこに声が響く。
「空を支配する…ねぇ。でも今のわたしのやってることはなに?」
あの時のこと。
それを思い出し、虎森は小さきモノに問いかける。
自分の肩のあたり。そこに留まる光の球体に向けて。
「地に足をつけて」
「地を闊歩するヨリヤミだけを浄化し続けている」
「ほんとにそれでいいの?」
窓から差し込む月の光。
それを壁にもたれかかり浴びる、虎森。
その表情はどこか不満げ。
そんな虎森に小さきモノは答える。
「いいに決まっている」
「地を闊歩するヨリヤミたち」
「その中には堕とされたモノたちも含まれているからね」
小さきモノの声。
それに虎森は言葉を返さない。
しかし、その瞳には確かに宿っていた。
「まっ。今は如月 夕日のことだけを考えてたらいっか。今の状況を考えたら、圧倒的にこっちが有利だし」
如月 夕日に対する敵意。
それが鮮明に。
そして、虎森は感じる。
無数の光の気配。
それは、表している。この街に、闇を駆逐する光が集まってきている。
そのことを、はっきりと。
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俯瞰。
空から街を見下ろす、漆黒の影。
如月 夕日は上から下を見つめる。
風に髪を揺らし、瞳に闇を宿しながら。
【癒し】
【空を飛べぬことから】
そんな意思に呼応した、夕日の闇。
夕日の背には翼の形をとった闇が大きく、ソレを広げている。
煌びやかな光に包まれた街の景色。
その光。それは、皆が帰る場所。
夕日の視界にうつる光。そのひとつひとつに、様々な物語が存在する。
しかし。
「ナい」
夕日の耳。
そこに染みる堕とされしモノたちのヨリヤミの声。
「ない。ナい。カエる。帰るところ。なイ」
夕日に纏う寂しげなヨリヤミたち。
墜落事故。
戦いで空に散ったモノたち。
撃ち落とされたモノたち。
その負の感情が夕日の存在に惹かれ、カタチを成していく。
夕日は触れる。
そのヨリヤミに手のひらを。
優しく。まるで、母が子に触れるようにして。
そしてそれは、如月夕日の残り二つへの揺らぎない復讐の意思の現れだった。
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